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【短編小説】Goal〜休日明けが鬱過ぎる障がい持ちの私がコーチングで人生を変えた話

D-Biz College受講生であるFさん(聴覚障がい・30代女性)の体験談を小説化

コーチングなんて私には必要ない

ある晴れた日曜の昼下がり。机につっぷした手の先で洗濯物が少し揺れている。

はぁ……

日曜が終わる。

明日は月曜。

つまり会社。仕事。上司。満員電車。変わり映えのしない日々……。

もう少ししたらゴールデンウィークだけど、今年は有給を間に使えば11連休の超大型休日。じゅういちれんきゅう!長い!大きい!何をしよう!11連休て!

でも……もう一度ため息が机の上の埃を浮かす。ゴールデンウィークもこの日曜日と同じように終わっていく。そしたら2連休後の月曜なんかと
は、比べ物にならないほど憂鬱な月曜がやってくる。無理。つら…。

はぁ……。

いや、、ダメだ。本当に無理。泣けてきた。

まだゴールデンウィークの2週間前の日曜なのに、ゴールデンウィークが終わった後の月曜のこと想像して泣けてきた。もうダメかもしれない。

こんな人生が変わることなくあと何十年も続くなんて、想像するだけで体が鉛のように重くなる…。

……あ!

目が覚めて、気付いたら夕方になっていた。貴重で大切な大切な日曜の午後が、こうして無駄に失われていった。無になった心と死んだ目で時計
を見て、無機質に洗濯物を取り込み始める。

夫と二人でいつも通りの夕食。

夫がたわいもない話をたまに振ってくれるが、私の方から新しい話題は
ない。当然だ。今日は洗濯物しか見てないんだから。

カラン…

気付かぬうちにお箸を落としてしまい、拾わなきゃ、と思ってしばらく止まってしまった。

「大丈夫?」

夫が心配して声をかける。うん、大丈夫と言いながら慌ててお箸を拾うが、何かが自分の中で切れてしまった気がした。

「仕事、辞めようかなぁ…」

ふと心の声が溢れて、夫に相談タイムになってしまった。

いや、別に今の仕事がそんなに悪いわけじゃない。会社の人たちも嫌いじゃないし、待遇が悪いわけでもないし、特別やりがいがあるわけじゃないけど、事務の仕事は自分に向いてると思うし、他にやりたい仕事があるわけじゃないし、他に行きたい会社があるわけでもない。

だから転職を本気で考えてるとかそういうわけじゃないけれど、この退屈でしんどい環境からなんとかして逃げ出したいんだよね。

「一回さ、コーチング受けてみたらどう?」

「コ、え?コーチン?あの、名古屋名産の鶏肉…?」

「いや、コーチング」

コーチング。スポーツの指導とかをするあれだ。私もネットで見たことがある。あの筋肉もりもりで浅黒い肌をしたタンクトップを着た人が結果にコミットして指導する感じのやつだ。力こそパワー。筋肉は全てを解決する。仕事の悩みも筋トレをすれば全て吹き飛ぶ。そういうやつだ。

「いや、ごめん無理」

「あ、違う多分そうじゃない」

私の妄想を速攻見抜いた夫がコーチングとは何かを教えてくれた。コーチングとは。

「コミュニケーションを取りながら相手の内面にある答えを引き出し、目標達成へと導くこと。アドバイスをするのではなく、自分自身で気づけ
るようにサポートすること」

うーん、なんかピンとこないけど、コンサルティングみたいなやつ?夫は本業以外で、コーチングを取り入れたビジネススクールの運営に関わっ
ているとかいないとか。

「いや、ちょっと待って。別に、キャリアアップとかを目指してるわけじゃないんだよね。今の仕事のしんどいのがなくなればいいなとは思うんだけど、転職して上を目指して、目標達成!みたいな、そんな上昇志向の感じは別に求めてなくて。コミュニケーションも苦手だし…お金払ってビジネススクールに参加して、みたいなのはちょっと…」

「うーん」

夫が少し首を捻って私のことを観察する。

「でも、おれからの助言だと、なかなか聞く耳持てないでしょ?」

グサッ。あの漫画の吹き出しの伸びてる部分が体に刺さる感じで、夫の言葉が私の胸を貫通し、椅子の背もたれに穴を開けた。

確かに今まで散々夫に愚痴も言ってきたし、アドバイスをもらったことも多々あったけど、特にそれを取り入れるでもなく、ただただ不満をこぼして終わっていた。

今回も私が始めた相談タイムで夫が助言をしてくれてるのに、それは違うと、真剣に検討することもなく断ろうとしてしまっていた。恩知らずな妻…!

家事をひと通り終えた後、夫に教えてもらったホームページをひとまず覗いてみた。《D-Biz College 》。何て読むんだろう?ディービズカレッジ?

まぁ、やってみて、合わなかったらやめればいいか。何か変わったらラッキー、変わらなければ、それはまたその時で。

マウスのポインタがしばらくふらふらと彷徨った後、「お申し込みはこちら」のボタンをクリックした。

私には聴覚障害がある。

全く音が聞こえないわけではなく、条件が揃わないと言葉として聞き取れない体質、つまり、コミュニケーションが超苦手なのだ。

なんでそんな私がコミュニケーション必須のスクールを選んでしまったのだろう?「初回セッション」と呼ばれるオンラインセッションの、ZOOMの待機室で待機しながら、私は既に後悔を始めていた。

コーチングって、つまりコンサルみたいなやつでしょ?

コンサルってことは、イケイケのビジネスパーソンみたいな人が来るんでしょ?

キリッとした縁無しメガネに、しっかりと切り揃えたチョビ髭、ジェルで輝く七三分けで、ツーブロックに刈り上げたヘアスタイル、パッと見で生地の良さが伝わるようなジャケットに、変わった柄のビビッドなネクタイをしている、実年齢より十歳くらい若く見えるイケオジみたいな人が来るんでしょ?

「こんにちはー。コーチの渡邊ですー。よろしくお願いします」

……ふつうぅぅぅ!

いや、良かった!普通そうな人だ!パーカー着てるわ。マッシュっぽい髪型だし。ジェルもつけてない、大丈夫だ、よかった。見た感じ30代後半くらい?柔らかい雰囲気で、ゆるっとしてて、イメージと全然違ってた。とりあえず大丈夫そう。

「じゃあまず簡単に自己紹介しますね、ぼくは株式会社________」

渡邊さんが喋るとちょっと遅れてZOOM に日本語の字幕が表示されていく。

《D-Biz College 》は障がい者に特化したビジネススクール。障がい者に配慮したさまざまなサポートが施されているため、視覚障害や聴覚障害があってもセッションに参加したりコミュニケーションを取ることができる。

聴覚障害でオンラインミーティングや電話が人一倍苦手な私にとって、このサポートはかなりありがたかった。

しかもそれだけではなく、障がい当事者がコーチとして複数参加しており、プロのアーティストやパラアスリートなど、業界で活躍する障がい当事者のコーチも受けることができるという、なんだか凄い環境のスクールだった(ちなみに読み方はディービズカレッジで合っていた)。

「それでは、今度は〇〇さんの自己紹介を伺ってもいいですか?」

あ、、えっと、、、会社員で、猫飼っていて……やばい。自己紹介できるようなことが何もない。え、趣味?趣味ですか?趣味は…えーっと猫を飼っていて、、あ、それはさっき言ったか…

「ぼくは今、肉体改造にハマっていまして」

にくた…あ!この人そっちか!!

筋肉の方の人か!

しまった!キレキレイケオジビジネスマンじゃないからと油断してたけど、浅黒タンクトップキン肉マンの方か!

どうしよう、怖い!何故筋トレをしないんですか?そのお腹の贅肉をシックスパックに変えれば仕事の悩みなんて全て吹き飛びますよ?普段はどれくらい運動してるんですか?これからそんなことを聞かれるんだきっと……。

「今までですごく嬉しかったことや、誇りに思えた出来事を教えてください」

ん……想定外の質問が来た。今まで嬉しかったこと、誇りに思えたこと……?

……。

……ない。

会社勤め、仕事、生活、学生時代、遊び、恋愛、家族、障がい……全てが悪いことばかりだったわけではないけれど、思い浮かぶのはネガティブなことだらけ。

いや、良かったこともあるけど結局は一瞬で、それ以外の無限のネガティブな時間の中に埋もれていく。

まるでこの前の日曜の昼下がり。せっかく貴重なポジティブに思えるひと時も、ネガティブな私の暗い海から一瞬顔を出しては沈んでいく。私の人生は広大なネガティブの海原で、ポジティブはたまに浮かんでは消えてゆく小さな漂流物に過ぎない……

「わかりました。では今、やろうと思えばすぐできるのに、やっていないことってありますか?」

え?…全部?…えーっと、オシャレなカフェに行きたいでしょ。BAR も行きたい。お肉食べたい、お酒も、牡蠣、エビ、カニ、買い物、部屋の片付け、水族館、遊園地、あ、あとは岡崎体育のライブも行ってみたい…。

「いいですね、じゃあその中からまずは一つ、何かを達成してみましょう」

そんな感じで最初のオンラインセッションは終わっていった。

あれ、思ったようなゴリゴリした感じじゃなかったな。ビジネス書読めとか資格取れとか、そういう話になるのかと思ってたけど、こんなゆるい感じなんだ。

筋トレの話もしなかったし。

結局その次の週末は、ずっと先延ばしにしていたランチクルーズに夫と行ってきた。元々4月に行く予定だったのが今は12月。めちゃくちゃ寒くて優雅な船旅とは程遠かったけど、目の前の小さな階段をひとつ登った気がした。

それから少しずつ、私の《D-Biz College 》での歩みがスタートしていった。

半信半疑の"セルフトーク"

月曜日。

朝。

……しんど!会社行きたくない!

私にとって朝の満員電車ほど憂鬱なものはない、いや、私にとってだけじゃないか。誰にとっても嫌か。

今日からまたいつも通りの週が始まる。憂鬱な5日間がスタートして、重い足を引きずり、開かない目をこじ開け、心を無にして事務作業をこなす。

疲れ切った心身を癒すには短すぎる土日を、今日からまた待ち侘びる日々が始まる。

……いや、違うか。これがネガテイブなセルフトークってやつか!

先週渡邊さんが言ってたやつだ。

「人は1日に5万回セルフトークをしていると言われています。セルフトークとは、心の中で自分に対して語りかけている独り言のこと。心の中で発している言葉が感情や行動に影響を与え、自分自身のイメージを作り上げているんです」

つまり、セルフトークをポジティブなものに変えていけば、自分自身の感情や行動が変わるということらしい。

「え、でも表面上でどんなにポジティブな言葉を使ったとしても、心の底からそう思えなければ意味ないんじゃないですか?実際はめっちゃしんどいのに、心の中だけで私は元気!みたいに言ってても、逆に辛いだけな気がするんですけど…」

「大丈夫です。意味、あります!」

あるんだ……じゃあ、やってみるか…

今日は月曜日…月曜日…今日はきっと、いい日だ!

…なんだか自分を騙してるような気もするけれど、そうやって自分にポジティブな言葉をかけながら1日を過ごしてみる。

朝起きれてえらい。満員電車で通勤頑張ってる。お仕事頑張っててえらい。このタスクも私ならできる!家事も頑張ってるの凄い!

セルフトークは朝晩自分に語りかけると特に効果が高いらしい。

起きたら今日はきっといい日になる!寝る前に今日はよく頑張った!

実際にはしんどい時やうまくいかないことも沢山あったけど、とりあえず思い出した時には自分にポジティブな言葉をかけてあげる、そんなことを心がけながら1週間を過ごしてみた。

《D-Biz College 》では【HEROIC 】というテストを毎月受けることになっている。なんか「心理的資本」?というのを測定するものらしいんだけど、簡単に言うと楽観性や、自己評価や、忍耐力など、心の力強さを数値化できるテストらしい。

最初に受けた時の数値は散々だったけど、こうやってセルフトークを変えていくと数値が上がっていくらしい。

ふーん、なるほどなるほど。

セッションはクラスルームが月に2回あって、同じような悩みや障がいを抱えた人たちと一緒にセッションを受けることになっている。

他の受講生の皆んなのことはまだよく知らないけど、私と同じように感じてこのセッションに参加してる人がいるんだ、と思うとなんだか勇気が湧いてくるような気がした。

「では、今日のセッションでは仕事のゴール設定について学んでいきましょう」

毎回のセッションでコーチングのテーマごとにいろんなことを学んでいく。

今日は仕事のゴールで、ゴール設定だけでも健康や人間関係やお金の
ゴールなど、八個くらいのジャンルがあるらしい。最終的には「コーチがいなくても自分で自分のことをコーチできる」という状態を目指してやっ
ていくみたい。そんな状態になれる日が私にも来るのかな。

仕事のゴール( 目標) 設定か…うーん、生活に困らないだけの収入と、家族のライフスタイルに合わせられる勤務時間。その条件だけで仕事を選んできたから、「自分のやりたいこと」なんて二の次だったな。

やりたいことね…確かに今まで誰かのサポートばかりやってきたけど、そろ
そろ自分の人生のことを考えてもいいのかも。

……あれ?私のやりたいことってなんだっけ??

「うーん、これと言ってやりたいことが見つからないです。前はイラストを描くことを仕事にしたいって思ったこともありましたが、そんな技術
もないですし、生活できるほど稼ぐこともできませんし」

「なるほどですね。ここでいう『仕事』というのは、お金を稼ぐことではなく『社会にどう役に立つか』という視点で考えてみてください。お金についてはお金のゴールをテーマにしたセッションで扱いますので、大事なのは仕事の “Want to” を見つけることです。 “Have to(〇〇しなきゃいけない)” ではなく、 “Want to( 〇〇したい)” で考えてみましょう!イラストをどんな人に届けたいですか?届けた相手にどんな気持ちになってほしいですか?」

うーん……渡邊さんのコーチは私に今まで考えたことのなかったことを考えさせる。

自分のイラストを誰に届けたいか?イラストを仕事にすることすら遠過ぎて、真剣に考えたこともなかったのに……。

こんな私がもしイラストを描いて、誰かに届けることができたなら?

私みたいに疲れた大人に、ため息ばかりで人生を諦めている大人に、クスッと笑ってもらえるような、少しでも誰かを笑顔にできるような、そんなイラストが描けたなら。

人生悪いことばかりじゃないんだよと、諦めたらそこで試合終了だよ!と、少しでも誰かの背中を押すことができるなら!

そんなイラストを……。

安西先生、そんなイラストを描きたいです……!

「渡邊です。いいですね。ではそれをゴールにして、どんなアクションが取れるかを考えてみましょう」

あんなにも辛かった月曜日が

そうしてセッションを重ねていって、気づけば半年が経っていた。

洗濯物を取り込みながらふと思う。あれ?今日は日曜なのに、明日は月曜で仕事なのに、つらくない…だと…!?

別に転職もしてなくて、周りの環境が何か大きく変わったわけではないけれど、仕事に対するストレスが激減。

やらされていると感じていた仕事に「どうやって自分の “Want to(〇〇したい)” を入れられるか」と考えられるようになっていた。

そうするといつもより良い仕事ができて、周りに感謝されて、次も頑張ろうと思えるような、そんな良いサイクルができてきた。

ストレスが減ったことで心の余裕もできて、新しいことにもチャレンジし始めている。英会話とか、読書とか、最近興味を持っていたプログラミングなんかにも手を出してみる。

いい学校に入るため、いい会社に入るため、いい老後を過ごすためと、そうやっていつも未来のために頑張り続けてきた私は「いつ幸せになれるんだろう?」と思っていたけど、頑張る過程も考え方一つで楽しめるんだと、ようやく気づくことができた。

安西先生、いや、渡邊コーチ、ありがとう!


半年経って私の【HEROIC 】の数値は劇的に上がっていた。自分の変化が数値として目に見えるのも、モチベーションを保つために効果抜群だっ
たと思う。

「今月のHEROIC の数値、上がってきていますねー。ご自身の体感としてはどうですか?」

「はい、自覚あります!実際に体感していることが数値にも表れるから、前より自分に自信が持てている気がします」

「いいですねー。ちなみに今、《D-Biz College 》のプロモーションの一環として、参加者の体験を発信していこうという案が上がってるのですが、よかったら今回のこの体験を、マンガにしてみませんか?もちろん、お仕事として」

……ぜひ!!!

ある晴れた日曜の昼下がり、私の夢がひとつ叶った。


【原作の漫画はこちら】


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