見出し画像

ニューヨークの現役高校生が、メンタルヘルスに関連する911通報のニーズに的確に対応するAIを開発――「Terra NYC STEMフェア」医学・健康科学部門で1位を受賞

米国ニューヨーク州の現役高校生ピアース·ライトさんが開発した、911通報の対応に必要なリソースや支援内容を予測するAIアルゴリズムを取り上げる。ライトさんは、このAIアルゴリズムにおいて、人間のオペレーターよりも高精度な正確性を誇る94.5%という成果を発表し、最近開催された複数の科学·工学フェアで賞を受けた。開発のヒントとなったのは、ボランティアで参加したEMS(救急医療サービス)での電話対応の経験と、メンタルヘルス危機という社会課題の意識だった。

ボランティア救急救命士の活動で目にしたメンタルヘルス危機の現状がきっかけ

ピアース·ライト(Pierce Wright)さんは現在17歳で、マンハッタンのブラウニングスクールに通う現役高校生だ。彼は高校生活を送る一方で、マンハッタンから車で1時間ほどのコネティカット州ウエストポートで救急救命士としてのボランティア活動も行っている。「これまでにEMSのクルーとともに、911通報に対応するシフトで500時間以上の経験を積みました」とライトさんは述べている。そして、この電話対応の経験が今回のAIアルゴリズム開発のきっかけとなったそうだ。

ピアース·ライトさんのAIアルゴリズム開発のプロジェクトは、「Terra NYC STEMフェア」の医学·健康科学部門で1位を受賞した (写真提供:The Wright Family )

ライトさんは、特にメンタルヘルス関連の通報対応に課題があると感じていた。というのも、対応した電話の多くは精神的疾患や薬物乱用が疑われるケースであり、実際には医療的な緊急性を必要としないものだったからだ。緊急医療の訓練を受けたEMSのクルーが、実際にはそれを必要としない人たちのために派遣されることもあった。また、地域の救急治療室に運ばれたものの、適切な処置がなされるまでに長時間待たされたり、結局は精神保健福祉施設に移送されたりする状況を目の当たりにもした。そのような状況から、ライトさんは「彼らが本当に必要な支援を得られていない」という思いだったという。

ニューヨークでは、近年、メンタルヘルス危機の問題が深刻化しており、これに伴いメンタルヘルスに関する911通報の件数も増加している。ライトさんが4月に発表した論文によれば、市内の911通報は年間約900万件あるが、このうち20万件がメンタルヘルスに関連している(※1)。これは、1999年以来3倍となる数字だという。ライトさんは、救急医療の現場でのAIの使用状況や、都市がメンタルヘルス危機にどのように対処しているかを調査した後、911通報における適切な対応を特定するためのAIモデルを開発しようという思いでプロジェクトを開始した。

2400万件の911通報データを用い、1年をかけて独学でAIアルゴリズムを構築

ライトさんは、1年をかけてオープンソースのプログラミング言語であるPython(パイソン)を独学し、AIのコーディングに取り組んだ。このAIアルゴリズムの構築には、2005年1月から2022年3月までの17年間にわたる「EMS Incident Dispatch Data(緊急事態対応データ)」からの2400万件の911通報データが使用された。開発時における試行錯誤の中でも、この大量のデータ処理が最大の課題だったそうで、何度もマシンがクラッシュする中、何度も再コード化を繰り返したそうだ。

ライトさんの論文では、このAIアルゴリズムについて「EMSオペレーターの精度92.3%と比較して、94.5%の予測可能性を達成した」と記述されている。

このAIアルゴリズムを活用することで、例えば救急車や救急医療スタッフを適切に配置したり、精神的な問題や薬物乱用に関する相談には専門家やカウンセラーの派遣を促したりすることができるようになる。また、救急車の出動を減らし救急医療スタッフの負担を軽減することにもつながるため、本来の緊急事態に、迅速に対応することが可能となるだろう。

さらに、全米での救急部門におけるメンタルヘルスおよび薬物使用障害などへの対応には56億ドルが費やされている(2017年)(※1,※2)という現状があるが、このAIアルゴリズムを利用して不要な入院を防ぐことができれば、国内における費用を約1億2300万ドル節約できる可能性もある(※1)とライトさんは説明している。

このプロジェクトは、最近開催された「Terra NYC STEMフェア」の医学·健康科学部門で1位を、「ニューヨーク州科学工学フェア」で2位を受賞している。ライトさんは受賞に際し「自治体がこのAIアルゴリズムを活用し、救急救命士のチームとニューヨーク市のB-HEARD※などの精神保健福祉専門家が協働するパイロットプログラムを構築することが本当の願いです」と述べている。また、地域のニーズに合わせたカスタマイズや拡張も可能だという。

※ニューヨーク市の911通報に対応するメンタルヘルス緊急援助部門

講習を受けライセンスを取得し、高校生ボランティアとしてEMSへ参加

さて、ライトさんがそもそもこのボランティアに参加した動機は何だったのであろうか。発表資料には記されていなかったが、高校生のボランティア活動という点においても興味を持ったのでメールにて質問を投げかけてみたところ、次のような回答を得た。

「世界的なパンデミックの発生時、私はまだ10代前半でした。何らかの形で誰かの助けになりたいと考えたとき、思いつく唯一の方法は地元のEMSでボランティアをすることでした。そこで、必要な講習を受けて州ライセンスと国による認定を取得し、ボランティアに応募しました」

米国では、医療分野に興味を持つ若い世代が経験を積む機会を得るための場として、高校生のEMSでのボランティア活動が州や地域のルール下で用意されている。電話対応のほかにも、救急車の乗務アシスタントや病院スタッフのサポート業務を行ったり、救急医療のトレーニングを受けた上で応急処置などにも関わったりすることもあるそうだ。

現在、複数の企業や自治体からAIアルゴリズムの実装や拡張への関心が寄せられているそうで、具体的な次のステップについてはまだ明確ではないものの「この先の展開を大変楽しみにしており、公衆衛生分野に向けた取り組みのために、このAIアルゴリズムが実装されることを期待しています」とライトさんは語る。

将来の展望については「医療倫理の分野に強い興味があり、人助けへの情熱とともに、データサイエンスやコーディングスキルを融合させた活動を今後も続けていきたい」との返答があった。身近な社会課題に関心を持ち、最新のAI技術を活用した解決策に取り組む高校生のこれからが楽しみである。

ライトさんの発表論文「Utilizing AI to Optimize EMS Response to Acute Mental Illness and Resulting ER Resource Allocation」は、以下で公開されている。

文:遠竹智寿子
フリーランスライター/インプレス・サステナブルラボ 研究員

トップ画像:iStock/Shutthiphong Chandaeng
編集:タテグミ

(※1)
Pierce Wright,「Utilizing AI to Optimize EMS Response to Acute Mental Illness and Resulting ER Resource Allocation」,Apr, 2, 2024,,P3

(※2)
Karaca & Moore , May, 12, 2020 

参考資料:
Wright Family 発表資料, Apr. 12, 2024

インプレスホールディングスの研究組織であるインプレス・サステナブルラボでは「D for Good!」や「インターネット白書ARCHIVES」の共同運営のほか、年鑑書籍『SDGs白書』と『インターネット白書』の企画編集を行っています。どちらも紙書籍と電子書籍にて好評発売中です。