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第6話「オーディオ」

急に家の中が静かになった。次女の二学期が始まり、本当に新しい生活が始まっている。長女のいない非日常が、日常になりつつあった。毎日うんざりしていた、姉妹の喧嘩が懐かしい。妻が主婦業を始め、次女は母親の時間を独り占めできることで、大好きだったお姉ちゃんがいない生活にも、なんとか慣れていけそうだった。なんでも自分でできるようになった長女を見守ることが多かった僕だけが、この急な静けさに少しだけ馴染めずにいる。
妻に家事や育児をある程度任せることも必要だった。僕は独りで自分の部屋に籠り、音楽を聴きながら本を読む。ただ明らかに僕の周りの空気だけが澱んでいた。ポータブル・ブルーレイプレイヤーでCDを聴いていたが、もっといい音でクラシックを聴きたいと思い、大型店でいろんな音響機器を見て回った。

いい音で聴きたい。子どもの頃からの憧れでもあった。僕が音楽に興味を持つきっかけは、家にあったアップライトのピアノと、大きなスピーカーやアンプのシステムオーディオだった。今思えば、決して安くはなさそうな、いやきっと相当に高価なもので、どれも今の自分にはとても手の届かない代物だ。両親は音楽と本が大好きで、そこには惜しみなくお金をかけていたし、その影響を僕は大きく受けて育ったのだろう。レコードに針が降りて、スピーカーから聞こえるバチバチっといった小さな音が、これから音楽の世界の幕が上がる感じがして、ワクワクした感覚を、今でもはっきりと覚えている。
たしかTechnicsとDENONだったと思うが、今見れば全て揃えようとすると何十万もする世界。場所の問題もあるのでミニコンポを想定して探してみたものの、あまり選択肢がない。今やスマホで音楽を聴く時代で、追加するならイヤホンかポータブル・スピーカーくらい。CD世代からすれば、そんなのでクラシックが聴けるか、と言いたいところだが、レコード世代からすれば、CDでクラシックなんて深みがなくて聴けたものではない、と言われ続けたものである。
いろいろと見て回って悩んだ末に、一体型のTechnicsにしようかと思っていたところ、Victorのウッドコーンに惹かれ始めた。Technicsの近未来的なデザインよりも、Victorのレトロなデザイン、そして何よりもウッドコーンのこだわりに共感した。絞り込んだTechnicsよりもだいぶ安かったので、即決。ベッドサイドの棚もそれに合わせたウッド系のデザインにして、僕自身も新しいオーディオ生活を始めることになった。

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