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【4/26】アウシュヴィッツの天気雨

6時に起きる。昨日買った謎おにぎりとヨーグルトを食べ、7時10分くらいに、最小限まで減らした荷物を持ってアパートメントを出た。そして、クラクフ中央駅のバスターミナルまでとぼとぼ歩いていった。

7時台のクラクフはまだほとんど人がいない。空気は冷たく、周囲はしんとしていた。中央広場まで来ると、聖マリア聖堂の塔の先がきらきら光っていた。

前々日にみっちり確認した甲斐あって、迷うことなく予定していたより早くバスターミナルに到着。オシフィエンチム行きのバスに乗り込んで、スキットルズを何粒か噛み潰したあとは、気がついたらぐーぐー寝ていた。目が覚めるとバスは問題なく高速道路を走っており、私は何かをミスることなく、順調にアウシュヴィッツ博物館へ向かっているようだった。クラクフからオシフィエンチムまでは、だいたいバスで1時間半〜2時間くらい。

降りるときにちょっと迷って、オシフィエンチム中央駅で降りるのか、次の終点で降りるのかわからなくて焦ったが、終点がミュージアム前なので、終点でよかったみたいだ。8:05にクラクフを出発したバスは、9:45くらいにオシフィエンチムのミュージアム前に到着した。オシフィエンチムをドイツ語読みしたのが「アウシュヴィッツ」である。

日本語ガイドをお願いしていた中谷剛さんとは待ち合わせが10:30なので、しばらく周囲をぶらぶらする。ミュージアム前に並ぶ学生さんたちを観察したり、オシフィエンチムの街を見に行ったりした。オシフィエンチムは、普通の地方都市といった感じだった。

バス停から少し歩いたところのオシフィエンチム

しかし、寒い。耐えきれず先にミュージアムショップでパンフレットなどを読んでしまう。屋内はちょっと暖かい。ここでは日本語、韓国語のガイドブックを発見する。中国語が(たぶん)なかったのが意外といえば意外だ。ショップを見学している間にアジア系の人が視界に入り、「同じツアーに参加する人かな?」と思ってちらちら見てしまう(やっぱり同じ、中谷さんのガイドツアーに参加する人でした! のちほど判明)。

入場棟前。夏頃のシーズンだと長蛇の列らしい

10:20頃、この日参加する日本人4人が入場棟前にぞろぞろと集合し始める。あとで中谷さんに聞いた話によると、コロナ前だとこの時期、参加者が20人程度になることもあったらしい。が、2023年現在、まだそこまで日本人の旅行者の数は回復していないという。20人だと中谷さんの声が届かないこともありマイクとヘッドホンをつけたりもするらしいけど、この日は4人なので肉声で。10:30、ほぼぴったりの時間に、アウシュヴィッツ日本語ガイドの中谷剛さんが現れる。

※以下は中谷さんに聞いた話をもとに書きますが、私の聞き間違いなどもあるかもしれないので、文責はすべて私にあることをお断りしておきます。

まずは荷物チェック。空港みたいな感じで荷物をトレーに乗せて機械に通していく。自らもゲートをくぐって危険物を持ち込んでいないことを確認される。中谷さんはときどき、同僚らしき他のガイドとポーランド語で談笑していた。

というわけで、荷物検査を終えるとさっそくアウシュヴィッツ強制収容所の日本語ガイドツアーがスタートする。第1収容所を1時間半、そこから休憩と移動を挟んで、第2収容所を1時間半、合計3時間くらいのツアーになることを中谷さんに告げられる。3時間のツアーってめちゃくちゃ長いなと思ったけど、終わったあとに振り返るとまるで一瞬だった。それから、館内は一部の展示を除いて基本的に撮影自由とのこと。

ツアーが始まって、まず最初に目に入るのが歴史の教科書などでよく見る「働けば自由になる」と書かれたアーチ。Bの字が逆なのは…とかいう蘊蓄はともかく、ここは中谷さん、それほど長々と解説せずあっさり通過する。ツアーが終わったあと、他の参加者と「もっとでかいアーチをイメージしてましたよね…」などと話す。実際はけっこうこじんまりとしたアーチです。

教科書でよく見るアーチ

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