野球、twitter、カシスオレンジ#3dai_futurenovels

カシスオレンジ、麻婆豆腐、黄金炒飯に・・・エビマヨ・・・以上で。あ!やっぱりゴマ団子もつけて下さい! 

行きつけの小さな中華屋さんで、気の置けない仲間たちとの晩御飯。色んな料理が沢山食べられて幸せな時間。

ビール飲む人ばかりだけれども、特に強制はされない。ビールじゃなくても気兼ねしなくていい気楽さ。私の場合、このお店に来ると、いつもは飲まないカシスオレンジを飲みたくなる。料理の油っこさをオレンジの酸味で流し込んでいるのか。止まらないお喋りの為の糖分補給なのか。まーたカシオレ飲んでる、と笑われるのすら心地良かったりする。

いつもは会社の愚痴や学生時代は楽しかった話ばかりしていたのだけれど、今日はお店に置いてある小さなテレビで野球をやっていたのが目に付いた。中学の時やたら顔が広く友達が多かったトシヤが言った。

「そう言えば、野球部だったあいつ、プロ野球選手になったらしいよ」

仲良くしてた訳じゃないけれど、中学の時の同級生、その一人がまさかのプロ野球選手になっていた。そのことにみんな沸き立った。

「って言っても、高校出てすぐの話だから、今はどうしてるのかは知らないけど」

私が大学を卒業して就職して数年経ってる。話題の彼の名前をスポーツニュースで聞いた覚えも無い。もうプロ野球から退いていたっておかしくはかった。

野球好きなマサユキも、最近聞いた覚えはないという。二軍まではチェックしてないからなぁ、と言いながら手元のスマホで検索しだした。 

私達は案外身近にいた有名人に盛り上がっていた。他にもいるかもよ、芸能界とか。じつは私自身が作家でね、それは嘘だろ、と下らない話をしていると、彼のその後が分かったらしい。

21歳まで二軍に居たそうだ。一年目は打者として二軍で活躍できたけど、二年目に膝の故障。手術。リハビリ。三年目、夏までは出場したものの、再び故障、手術。そしてまたリハビリ。そして戦力外通告。
トライアウトには出ずそのまま引退。

私が大学でぼんやり学んでバイトして恋愛して就職して、あー仕事つまんないなーやめちゃおうかなー、でも次の就職先探すの面倒だなーって思っていた間に、彼の人生は激動していた。おめでとうという気持ちも大変だったねという気持ちもあるが、羨望に塗りつぶされているような気がした。激動でもなんでも輝かしい人生。私みたいな平々凡々な人間には到底真似できない人生。ああ、羨ましい、妬ましい。こんなこと考えていること自体がアサマシイ。

「その後の情報は見当たらないな」

「FacebookとかインスタとかTwitterにいないかな?誰かLINE繋がってないの?」

捜索大会が始まる。私は、、、私は参加せずにカシオレをくぴりと飲んでいた。先程まで甘く酸っぱくておいしかったカシオレは、ぬるく甘ったるくなっていた。

今日はもう帰っちゃおうかな。

表舞台から降りた人を興味本位で探したくはなかった。クラス会をする、とかならまだしも、優秀だったやつの落ちぶれた姿観てやろうぜ、という思惑が見えるように感じる。いや、そう思っているのは私の方なのかもしれない。この空気に耐えられないというよりは、自分の浅ましさに辟易している。これ以上続くなら今日はもう帰ってしまおうか。

帰る、と言い出そうとしたとき。

「お!Twitterアカウント発見!」

タイミングが悪い、これでは帰ると言い出し辛い。
でも発見されたなら、聞きたい。何してるんだろう?幸せ?不幸せ?矛盾だらけの気持ちで続きを待つ。

「あーでもこれ引退した時にファンに感謝の言葉述べただけのアカウントだな。最近は更新されてない。拾ってくれる会社があったから、頑張るってさ。」

皆がなーんだ、という顔をする。更なる悲劇を期待していたのか、もっと派手なことをやって欲しかったのか。

私は、私と同じ、平凡な会社員に落ち着いたことにほんの少しの失望と多くの安堵を抱いた。
なんと仄暗い感情か。同級生の前途なのだ、ニコニコと祝してあげるべきだろう。こんなマイナスな感情を引きずりたくない。

「すいませーん!全員分生中お願いしまーす!」

いきなりの私からのオーダーに仲間たちは驚く。

「同級生の新たな旅立ちが分かったんだから、皆で乾杯して、お祝いしてあげようよ」

こう言えば皆反対もしまい。飲みかけのビールは飲み干し皆乾杯に備える。みんな飲めればそれでいいのだ。その酒の肴がポジティブなものであれば気分がよい、というだけの話である。

サーブされたビールジョッキを片手に乾杯をする。冷たくひんやりとしたビールが喉に入ってくる。
もやもやとした気持ちを押し流して、すっきりとした喉ごしを残してくれる。今日感じた浅ましさとかほの暗い感情とかもこの店からでる頃には忘れてるといい。

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