戦術というTo do list
先日、アカデミーで一緒に働くコーチの誘いを受け、ウェールズの社会人リーグデビューを果たした。選手登録完了の翌日で、監督・選手の顔や名前も全く知らない超ぶっつけ本番の試合はFWとしての健闘虚しく2ー1で負けてしまったが、久しぶりにバチバチ本気でサッカーができてとても楽しかった。
感想としては「キツかった」が正直な本音で、チームのやりたいサッカーがわからないことに加え他の選手の特徴も無知だったために、100%を出せたのは自分自身の足元にボールがある時だけだった。
普段コーチである僕が選手として試合をした訳だが、この試合では選手目線での「戦術の重要性」を考えさせられた。今回は「戦術」という”To do list”の重要性を個人レベルで考えていく。
To do listがあるかないか
戦術を理解するということは、その日の”To do list”を作ることと同じぐらい大切なことである。To do listを作るとその日のプランが明確化され「今から何しようか」と、考えることのストレスが減り、効率よく時間を使うことができる。また、もし急な予定が入り自分のプランがその通りに進まなくても「その日するべきこと」がすでに明確にされているのですぐに修正が効くようになる。
これをサッカーに置き換えると
攻撃・守備・攻→守/守→攻トランジションの4局面でするべきこと
相手の出方、怪我や失点などでプランが壊れた時の修正
のような戦術ということになる。時間の流れと共にTo doをチーム全体で共有することは、ミクロな部分でどのようなメリットがあるのか、実際に試合で感じたことと比べて考えてみる。
適切な「手抜き」と「本気」のプレー
この試合では、前述したように自分自身がボールを持っているときだけ100%を出せた気がする。というのも、このチームでのFWとしての役割があまりわからなかったために、全てのアクションにおいて自分で考え行動しなければいけなかったからだ。時には70%で「この位置からでいいのかな」なんて思いながら前プレをかけたり、CBに繋げられるのにGKからボカ蹴りでギャンブルボールが飛んできて準備が整っていないまま相手と競り合ったりしたことがかなり多かった。
これを通して僕が感じたことは、戦術を理解していることの一つ目のメリットは適切な「手抜き」と「本気」のプレーを使い分けられるということだ。チームとして戦術が明確に共有されていると、90分間の中で個人が「いつ」「どこ」で手を抜いていいのか、もしくは100%を出さなくてはいけないのかがハッキリしてくる。FWであれば前プレのタイミング、MFであればボールを受けにいく場面とボールを待つべき場面、DFであればラインコントロールなどの強度を、選手自身で局面に応じてコントロールできるようになる。
しかし、選手が戦術を理解していないと適切な「手抜き」と「本気」のプレーの使い分けが明確にならず、即興の「手抜き」と「本気」のプレーが頻繁に起こるようになってしまう(僕の試合の即興の前プレと同じである)。そうなると、理想的ではない身体的負荷がかかり、結局は時間の流れと共にその即興の「手抜き」と「本気」でさえもが中途半端になってしまうのだ。
判断の簡易化→パフォーマンス向上
適切な「手抜き」と「本気」のプレーが、戦術を理解した上で使い分けられるようになると確実にパフォーマンスは向上する。チーム内で共通の”To do list”があることは、選手が処理しなければならない情報量を限定させ、選手個人が下さなくてはならない判断がかなり簡単になるだろう。先ほど話したような、「今から何をしようか」という判断のプロセスはそのTo do listによって処理され、選手たちはその処理を前提に「どうやるか」というその次の判断プロセスに直接たどり着くことができる。
例えば、相手が3バックの形でボールを保持している際に、味方ワントップに「プレスをかけろ」とだけ指示を送るとどう反応するだろうか。彼は、どの3バックがボールを持ったとしても無条件に追い続けるかもしれないし、全力で追うべきポイントがわからず迷ってしまうかもしれない。
しかし、その選手に対して
中央CBにはボールを持たせる
左右CBにボールが出たら、中央CBへのコースを限定しながらアークラン
GKに戻されたら二度追いで、全体のラインを上げさせる
という3つの「何をするか/To do list」を与えてあげると、どのように中央CBにボールを持たせるか、左右CBにボールが出たらどのくらいの強度でアークランをするべきか、GKに戻された後のリアクション速度はどれくらいか、などのパフォーマンスに直接的に関与する判断を下すことができるようになる。これは、特定の結果を得るために選手の判断にポジティブな制限をかけることであり、選手に対して真っ白のキャンバスを渡すのではなく、枠線の入った塗り絵を渡すようなものだろう。ある程度の戦術を前提に選択権を選手個人のクリエイティビティに任せるのであれば全色入った色鉛筆を渡せばいいし、もっと限定された戦術のなかで特定の選択を求めるのであれば決められた配色の色鉛筆だけ渡せばいいのだ。
コミュニケーションの発展
このような枠線の入った塗り絵を、個人レベルだけでなくチーム全体で共有することはチーム内でのコミュニケーションを発展させる。チームとして、明確な戦術を共有することによって「何が上手くいっているか」だけではなく、逆に「何がプラン通りに進んでいないか」を、選手自身がしっかりと感じ取ることができるようになるからだ。そうすると、試合中の選手間コミュニケーションが「何が上手くいっていないか」の意見のぶつけ合いから、それをわかった前提の「どうすれば上手くいくか」の解決策の擦り合わせに発展するようになるだろう。
セカンドボールを拾えていないのは中盤がサボっているからか?
前プレがかからないのはFW陣がサボっているからだろうか?
一見、個人の責任にしてしまいがちなこのような事象は、この塗り絵の枠線を基準に考えると妥当な答え合わせができるようになる。そこに塗られるべきでない色で塗りつぶされていたら、それを消して塗り直すのか、もしくは塗り被せるのかを議論すればいいだけの話であり、枠線から飛び出たような意見は無視してしまえばいいのである。
Coach-Playerの関係性の向上
そして、そのようなコミニケーションの発展はオン・オフザビッチ関係なくコーチと選手の関係性を向上させる。戦術の共通理解ができていると、話の前提(塗り絵)が揃った状態での対話を可能になるからだ。それは、コーチと選手のやりたいサッカーに相違があったとしても関係ない。コーチが「蹴るサッカー」で、選手が「繋ぐサッカー」を志向したとしても、コーチがその戦術のメリットを論理的に説明した上で、明確なTo do listを提示できれば選手は必ずどこかで妥協する。わかりやすい塗り絵を渡してあげて上手くいかなかったら、どこの色が違うのか、どこが塗れてないのかを選手と共に確認する。そうすることで、選手は自然とコーチに信頼を寄せるようになり関係性は向上されていくだろう。
まとめ
今回は、自分が久しぶりに選手としてえ90分間を戦ってみて感じたことを文字に起こし整理してみた。別に新しい何かを提示したわけでもないので、皆さんには「わかってるけど、大事なことだよね。」という感じに感じてもらえればな、と思う。
戦術は、チームでどう「勝つ」「戦う」にフォーカスが行きがちだが、それ以前に選手全員を同じページに乗せるということが一番の目的であることを忘れないようにしたい。それができれば、選手とコーチが一体となって「勝つ」「戦う」ことを存分に楽しめるのではないだろうか。
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