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【論文紹介】スタチン内服と腸内細菌叢の構成タイプが関連する

ヒトの腸内細菌叢は500から1000菌種にも上り、それらが互いの代謝物を介して複雑な代謝系を構築し、さらに宿主との相互作用によりユニークな生態系を形成しています。宿主­-腸内微生物間の相互作用を明らかにするためには、大きく分けて2つのアプローチがあります。1つ1つの菌種の機能を明らかにする方法と、菌叢全体としての機能を明らかにする方法です。

今回ご紹介する論文では、後者のアプローチを用いており、生活習慣病患者を含むコホートの腸内細菌叢をエンテロタイプと呼ばれる方法で分類し、各エンテロタイプと、生活習慣病に関連したパラメーターや内服薬剤との関連を調査しています(1)。

腸内細菌叢は食事などの環境因子にも大きな影響を受けますが、今回の論文では複数のコホートを調査することによって、結論の妥当性も検証しています。

スタチン内服による腸内細菌叢への影響

2006年にヒトおよびマウスを用いた研究で肥満と腸内細菌叢の関連が明らかになりました(2)。その後の研究では、肥満や糖尿病になると腸内細菌の多様性が乏しくなり、また酪酸産生菌の割合が少なくなることも判明しました(3, 4)。

今回の報告では、以前のMykinsoラボでもご紹介したMetaCardisというヨーロッパを中心とした生活習慣病領域の大規模観察研究のメタゲノムデータを解析しています。

2000人以上の研究対象者から、幅広いBMI値を持つ888人(BMI; 中央値31.5 kg/m2、範囲18.0〜73.3)を抽出しました。42%の研究対象者が少なくとも1種類の薬剤を内服しており(ARB、ACE阻害薬、利尿薬、βブロッカー、カルシウム拮抗薬、スタチン、PPI、抗血小板薬など)、これらの薬剤のうち腸内細菌叢の組成に影響を与えている薬剤(交絡因子)を調べました。

すると、脂質異常症の治療薬であるスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)が、内服薬剤の中で最も腸内細菌叢の組成に影響を与えていることがわかりました。スタチンのうち48%がシンバスタチン、31%がアトロバスタチン、21%がその他でした。

そこで、まずスタチンを内服していない人に絞り解析を進めました。

スタチンを内服していない生活習慣病患者の腸内細菌叢の特徴

スタチン非内服の782人では、BMIが高い人ほど、ブリストルスケールで評価した便の性状が柔らかく、高感度CRPに代表される炎症マーカーが高いことがわかりました。

腸内細菌叢と生活習慣病関連のパラメーターとの関連を調べると、BMI、体脂肪、中性脂肪値の3つが、腸内細菌叢の違いや多様性(gene richness)を説明しうることがわかりました。この3つのパラメーターは細菌量(microbial load)とも負の相関を認めました(例えば、BMIが高い人ほど細菌量が少ない)。

各菌種に着目すると、アッカーマンシア属(Akkermansia)とBMIの負の相関、アシダミノコッカス属(Acidaminococcus)とBMIの正の相関、フィーカリバクテリウム属(Faecalibacterium)とBMI、体脂肪、中性脂肪値の負の相関が確認されました。

菌叢の機能解析では、酪酸産生経路の遺伝子とBMI、体脂肪、中性脂肪値の負の相関を認め、酪酸産生菌と肥満の関係性を明らかにしたこれまでの研究報告を支持する結果でした。

バクテロイデス属2タイプはメタボに特徴的な細菌叢

次にBMIに特徴的な腸内細菌叢を明らかにするために、Dirichlet Multinominal Mixuresという方法を用いてエンテロタイプの分類を行いました。この分類法が提唱された当初はバクテロイデス属(Bacteroides)タイプ、プレボテラ属(Prevotella)タイプ、ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)タイプの3種類に分類されましたが、近年ではバクテロイデス属タイプをさらに、フィーカリバクテリウム属の寡多でバクテロイデス属1(バクテロイデス属とフィーカリバクテリウム属が多い)とバクテロイデス属2(バクテロイデス属が多く、フィーカリバクテリウム属が少ない)に分け、4種類となることが多くあります。本コホートでもバクテロイデス属1タイプ、バクテロイデス属2タイプ、プレボテラ属タイプ、ルミノコッカス科タイプの4種類に分類されました。

各エンテロタイプと糞便中の細菌量や多様性(gene richness)の関連を調べると、バクテロイデス属2タイプ(バクテロイデス属が多く、フィーカリバクテリウム属が少ないタイプ)で最も細菌量と多様性が少ないことがわかりました。またバクテロイデス属2タイプではアッカーマンシア属やフィーカリバクテリウム属の割合が少なく、酪酸産生に関わる遺伝子も少ない結果でした。

各エンテロタイプでバクテロイデス属の種を調べると、バクテロイデス属2タイプでは他のタイプに比べてBacteroides caccaeやBacteroides cellulosilyticusが少なく、Bacteroides fragilisが多く見られました。興味深いことにBacteroides fragilisは、これまでの報告から炎症を促進する可能性のある菌として知られています。

バクテロイデス属2タイプは、BMIとも大いに関連がありそうです。やせ型の人では3.9%のみがバクテロイデス属2タイプであるのに対して、肥満の人では17.7%の人が同タイプであり、BMIが高いほど同タイプの人が増えることがわかりました。この結果は、ベルギーで実施されたFlemish Gut Flora Project(2051人、16S rRNAシークエンス)でも確認されました。各エンテロタイプの高感度CRP値を比較すると、やはりバクテロイデス属2タイプで最も高いことがわかりました。

すなわち、バクテロイデス属が多くてフィーカリバクテリウム属が少ないバクテロイデス属2タイプは、慢性炎症と生活習慣病に関連したエンテロタイプだと言えそうです。

スタチン内服者ではバクテロイデス属2タイプが少ない

次にスタチンの腸内細菌への影響も合わせて調べるために、スタチン内服の106人も含めて解析を行いました。

すると、スタチン内服者では、BMIが高くなってもバクテロイデス属2タイプの人の割合は増えませんでした。BMI値30以上の肥満者のうち、バクテロイデス属2タイプだったのは、スタチンを飲んでいない人では17.73%だったのに対し、スタチンを内服している人では5.88%のみでした。

この「スタチン内服者ではバクテロイデス属2タイプの割合が少ない」という結果は、別の2つのコホートでもその妥当性が確認されました。なお、全研究対象者888人のうち41%の人がスタチン以外の薬を内服していましたが、スタチン以外の薬は肥満者のバクテロイデス属2タイプの割合に影響を与えていませんでした。

効果の証明には別の試験が必要

今回の研究は横断研究であるため、スタチンが腸内細菌叢を介して生活習慣病への治療的効果を発揮しているかどうかは調べることはできませんでした。今後、無作為化二重盲検試験を行うことで調べることが可能になります。

生活習慣病での腸内細菌叢のエンテロタイプ分類は、リスクの層別化に多いに役立ち、またスタチンというすでに広く用いられている薬剤で腸内細菌叢を良い方向に変容できる可能性があり、今後の研究も注目されます。

<編集長・島田祥輔より>
 今回の報告は相関関係を示したものであり、因果関係を証明したものではありません。スタチンは高コレステロール血症の治療薬として広く使われていますが、肥満の治療薬として推奨できる段階ではありません。
参考文献
1. Vieira-Silva et al. Statin therapy is associated with lower prevalence of gut microbiota dysbiosis. Nature. 2020 581:310-315
2. Turnbaugh et al. An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest. Nature. 2006 444:1027-31
3. Qin et al. A metagenome-wide association study of gut microbiota in type 2 diabetes. Nature. 2012 490:55-60
4. Karlsson et al. Gut metagenome in European women with normal, impaired and diabetic glucose control. Nature. 2013 498:99-103
この記事の執筆者
笠原 和之
神戸大学大学院医学研究科循環器内科学修了。心血管病や生活習慣病における宿主と腸内細菌の相互作用を研究するため、現在は米国ウィスコンシン大学で博士研究員として勤務している。
Twitter: @Kazu_Kasahara(英語), @Ykkkskyn(日本語)