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菜食と動物倫理②家畜・魚の倫理

・「家畜」の歴史

 前回の記事では、動物が意識をもち、苦痛を感じる可能性がとても大きいことを確かめてきました。動物が人と同じく何かを感じ、何かを望む存在であることに思いを巡らせると、「人と動物の関係」の暗い側面が見えてくるようになります。

 いつの時代も、人が牛や馬などの家畜動物を育てるのは、それが農作業の手助けや食料生産といった人間の利益にかなうためでした。そして利用する以上、去勢しておとなしくさせたり、檻や囲いに閉じ込めたりというように、悪意はなくとも動物にとって過酷な扱いをすることは避けられません
 ただし、全ての家畜動物が極めて悲惨な生を送っていたというわけではなく、飼い主に愛されて育った動物も少なくありませんでした[9]。

 しかし19世紀後半から20世紀にかけて、食肉需要が膨らむとともに畜産業の効率化と大規模化が進み、動物たちの扱いはかつてないほど悪くなっていきました[10]。特にアメリカでは、都市への移住や第一次世界大戦によって食料供給の必要が増すと、政府の主導で畜産の規模と効率を高めるよう農家に大きな圧力が加わりました[11]。

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[図]1890年、アメリカの食肉処理場

 このように高度に集約化された畜産の在り方は、工場畜産と呼ばれることがあります。例えば、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリはこう述べています[12]。

工場畜産の大規模農場にいる何十億もの動物たちは、痛みや苦しみを感じる生き物としてではなく、食肉、牛乳、鶏卵を生産する機械として扱われている。工場に似た施設で大量に生み出される動物たちは、体そのものも、畜産業のニーズに合わせてつくり変えられている。そして一生を巨大な生産ラインの歯車として過ごし、正存の期間も質も、農業関連企業の損得計算によって決定されている。動物に与える苦しみの総量からすれば、工場畜産は間違いなく、史上最悪の犯罪のひとつに数えられるだろう。

 現在、世界で飼育されている陸生家畜動物(牛、豚、鶏、羊など)は310億頭に上り、そのうち74%がこのような工場畜産のシステムで飼育されていると言われています[13]。

 鶏は本来日光浴や砂浴びを好み、巣作りをしてその中で卵を生む動物で、豚もまた毛づくろいをしたり仲間と協力したりする欲求を備えてます[14]。
 しかし利益を第一とする工場畜産の中では、そのような動物たちの主観的な望みが顧みられることはありません。

・魚と倫理

 魚もまた、身体的・精神的苦痛を感じることが科学によって明かされてきています[15]。
 魚を捕獲する時には鈎針の痛み、急な減圧、窒息などによる苦痛が避けられません。野生の魚を捕まえるのではなく養殖をする際でも、過密飼育のストレスで貧血症、寄生虫、クラミジア、心臓病などの病気が蔓延し[16]、繁殖させる際には大きな苦しみが伴います[17]。このように魚にとって環境の劣悪な養殖業では、生育中に2割~3割の魚が死亡することは当然のことされています[18]。

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[図2]ジョナサン・バルコム『魚たちの愛すべき知的生活』

 一例として鮭の養殖では、電気ショックによって気絶させれてから血抜きされ、そのまま屠殺されますが、措置が不十分で感電しながら苦痛を負う場合もあります。また屠殺前の二週間餌を与えられず、胃が空になる苦しみを経験します[19]。スコットランドの調査では、養殖される鮭のうち、最大50%の個体は生育過程で死亡すると言われています[20]。

<参考>

[9] ハラリ, ユヴァル・ノア(2016)『サピエンス全史』柴田裕之訳 河出書房新社 第五章
[10] パターソン, チャールズ(2007)『永遠の絶滅収容所―動物虐待とホロコースト』戸田清訳 緑風出版 第三章
[11]リース, ジェイシー(2021)『肉食の終わり—非動物性食品実現へのロードマップ』井上太一訳 原書房 第二章
[12] シャピロ, ポール(2020)『クリーンミート―培養肉が世界を変える』鈴木素子訳(引用はハラリによる序文p5)
[13]Kelly Anthis and Jacy Reese Anthis(2019)Global Farmed & Factory Farmed Animals Estimates.
[14] 枝廣淳子(2018)『アニマルウェルフェア―倫理的消費と食の安全』岩波書店
[15] ジョナサン・バルコム(2018)『魚たちの愛すべき知的生活』桃井緑美子訳 白揚社 第三章
[16] Marine Scotland Directorate(2020)Fish Health Inspectorate: mortality information
[17] ホーソーン, マーク(2019)『ビーガンという生き方』井上太一訳 緑風出版 第一章
[18] Lymbery, Phillip(2002)In Too Deep–Why Fish Farming Need Surgent Welfare Reform.
[19] キング, バーバラ・J(2020)『私たちが食べる動物の命と心』須部宗生訳 緑書房 p86
[20] Marine Scotland Directorate(2019)Scottish Fish Farm Production Survey 2019



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