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【金融】クオンツとは何か

1. 概要

 本記事では、金融業界における「クオンツ(Quants)」と呼ばれる職種について紹介する。
 クオンツとは、Quantitative(数量的)という単語からの派生語で、広義に言えば「金融分野において数理的な手法に立脚した分析や開発、研究を行う職種」のことであり、1980年前後に米国の宇宙航空分野の物理学者が金融業界に転身したことが起源とされる。
 一部のIT企業や金融監督当局にも類似した職種が存在するが、普通は銀行や証券、保険、運用会社、ヘッジファンドにおける当該職種を指すことが多い。
 ちなみに、金融機関に勤めていてもクオンツという職種を聞いたことが無いという人の方が多いぐらいマイノリティの存在であり、「システム系のお仕事をされているんですね」と言われてしまう始末だ。システムエンジニアでもデータサイエンティストでもない、研究開発職としての矜持をもって働いているクオンツも多いので、繊細な部分でもある。

2. クオンツの種類

 以下では、クオンツの種類について解説する。種類の区分けや呼び方は金融機関によって異なるため、以下は一例として捉えていただきたい。
 尚、金融系の数理専門職として「アクチュアリー」という職種もあるが、これは生保・損保・年金分野において保険料率や保険金額の評価・計算を行うものであり、専門資格の取得が必要であること、研究開発職ではない点においても、クオンツとは根本的に異なる。

☆デリバティブクオンツ

 数理ファイナンス(マルチンゲール理論に基づくオプションのプライシング理論)をベースに、金融派生商品のプライシングに係る研究開発を行う。有名なブラック・ショールズモデルは現在でもプライシングにおいて広く応用されている。近年は、XVAのモデル構築とその数値計算の研究開発を注力分野とする金融機関も多い。
 ちなみに、中でも研究に注力するクオンツリサーチャーは理学系(数学、物理学)の人材が多い。最近はクオントディベロッパーと呼ばれるプログラマーの枠で工学系から採用するケースも増えている。クオンツリサーチャーは、業務の専門性の高さゆえ、博士号取得者や大学の非常勤講師を兼務する者も散見される。
 尚、「デリバティブクオンツこそが本流であり、それ以外はクオンツとは呼ばない」というタカ派もいるが、近年はモデル開発をクローズしてシステムの保守運用に特化している金融機関もあるなど、必ずしもクオンツの花形ではなくなっている。また、リーマンショック後の規制対応で地獄を見て、この業界を去ってしまった者も少なくないと聞く。

必須の知見・スキル:数理ファイナンス、数値計算、プログラミング

☆デスククオンツ

 トレーダーが分析に用いるツールの開発や、自らのテクニカル分析に基づいたトレーディング方針の提案などを行う。簡単なデータ分析しか行っていない会社もあれば、確率制御理論をベースにしたポートフォリオ理論の研究を行う会社もあるなど、金融機関によってレベルは様々である。
 中にはクオンツトレーダーとして、フロントで直接収益に貢献する者もいる。

必須の知見・スキル:ポートフォリオ理論、統計学

☆HFTクオンツ

 株式や外国為替等の自動取引システムを用いたHFT(High Frequency Trading:高頻度取引)に係る数理モデル開発やアルファ探索(収益源となるシグナルを見つけること)を行う。
 確率解析や時系列解析、点過程、機械学習、システムエンジニアリングなど、多岐にわたる知見が活用されている。デリバティブ分野に比べて公開されている論文が少なく、基礎研究から応用研究まで開拓する余地が大きい。
 ちなみに元々デリバティブ分野で活躍していたクオンツリサーチャーも多い。また、アカデミックな理論家だけではなく、データ分析やコーディング、システムエンジニアリングに強みを持つ者も重宝されるなど、必要とされる人材に多様性が見られる。

必須の知見・スキル:確率解析、統計学、時系列解析、プログラミング

☆バリデーションクオンツ

 定量的なリスク管理を専門とする。どの分野のクオンツでもリスク管理の知見は必要になるが、ここでは主に第二線でリスク計測や金融規制に対するモデル検証、ストレステスト等を担う者を指す。
 リーマンショック後に金融規制(バーゼル規制など)が強化され、早急なリスク管理体制の高度化が求められていることもあり、不人気な分野ながら重宝はされる存在である。不人気というのは、規制対応や当局報告など、厳格なルールのもとで絶対にやらなければならない業務が多く、クリエイティビティに乏しいわりに激務になりやすいためである。
 リスク管理の分野は、以下の4つに大別される。
 市場リスク管理では、ポートフォリオのリスクをVaRや期待ショートフォールなどの手法で計測するほか、他部署が開発したプライシングモデル等の妥当性の検証も行う。
 信用リスク管理では、与信・格付に係るモデル開発やデータ分析を通じて、主にカウンターパーティの倒産リスクのモニタリングを行う。
 資金流動性リスク管理では、バランスシートをALM(Asset Liability Manegement:資産負債管理)の観点で最適化するための分析、開発を行う。
 その他、オペレーショナルリスク管理と呼ばれる、災害や犯罪、不祥事などのシナリオに基づいて収益棄損リスクを定量化する分野も存在する。

必須の知見・スキル:統計学、金融規制

3. クオンツの就活事情

 クオンツは、銀行、証券、保険、運用会社等で専門の採用枠が設けられているが、採用人数は数名程度であることが多く、加えて新卒の場合は大手企業でしか採用していない場合がほとんどである。そのため、選考倍率も高く、会社によっては上位国立大学3校の出身者が採用枠の9割以上を占めるケースもあるほどだ。ご参考までに、筆者が以前所属していたクオンツチームは、海外大博士2名、東大博士2名、京大修士1名、東工大修士2名という構成であった。尚、専門人材を育成するリソースに乏しい地方銀行など、クオンツの新卒採用をしていない金融機関では転職での採用に特化している場合や、外部ベンダーに完全委託している場合もある。
 また、特にアカデミックな領域のクオンツを目指す場合には、基本的には理学系(数学・物理学)の修士または博士の学位が必須で、新卒でも測度論的確率論(極限定理、確率過程)や確率解析をすぐにキャッチアップできる水準の基礎学力が要求される。
 選考については、インターンシップである程度採用者に目星をつけている会社も多いことから早めの情報収集が必要であるほか、研究分野や数理ファイナンスに関する口頭試問もあるため、学業を最優先しておくことが何よりも就活対策となる。

補足:数理ファイナンスと金融工学

 「数理ファイナンス」と「金融工学」はよく混同されるが、これらは概念のクラスが異なる。数理ファイナンスはマルチンゲール理論に基づくオプションのプライシング理論であり、数学の一分野を指す一方、金融工学は数理ファイナンスのほか、統計学や機械学習など様々な分野をツールとして、金融分野の諸課題に対応するための応用手法を模索する学問を意味する。

※本記事の内容や意見は筆者個人に属し、筆者の所属組織の見解を示すものではない。
※本記事の無断転載を禁ずる。

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