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【日々】夏にほろ酔う|二〇二三年七月




二〇二三年七月一日

 遅刻寸前になってしまったので駅までバスに乗る。途中から山のように中高生が乗ってきてギョッとする。土曜日、午前で終わりだもんなあと、あまりに遠くなった学校生活を思いかえす。みんなiPhoneを持ち、ワイヤレスイヤホンをし、ショート動画やアプリゲームを絶えず触っている。親御さんは大変だろうなあとおもう。車窓から、近所の大学生らしきカップルが、にこにこハイタッチしながら別れてゆくのがみえる。

 土曜日のオフィスは人も少なめで、のんびりしている。わたしだけが必死で、気を張っていて、余裕がない。談笑するちがうグループの若手たちを横目にみながら、いつも孤独で居場所のない己をおもう。わたしは、ほんとうはみんなと仲良くしたい。でも、ふつうにしているつもりでも、みんなよりみんなの仲間になれない。このオフィスでの立場がちょっと特殊なのもあるけれど、思いかえせばわたしはいつどこにいてもこんな感じだった気がする。なにがどうして、そうなるのかわからなくて、かなしくてさびしい。それはやっぱり、わたしが「気むずかしい」からなのだろうか。




二〇二三年七月二日

 あまりにオフィスが寒いのでホットコーヒーを買ってくる。われながらばからしいなあとおもう。ひっそり聞こえてくる、被害者意識だけはご立派な正社員たちの愚痴。聞き流すために頬張るオールドファッション。ばからしいなあとおもう。




二〇二三年七月三日

 夕方からTシャツジーパンで駅前に出る。夏の季節酒とつまみを買ってゆるゆる帰る。なまぬるい、おもたく湿った夏の夕暮れの空気。夕食の準備をしながら、ビールを開ける。れもん味のイカ天スナックと、冷や奴がおとも。お酒もあけて。しっかり呑んだけれど、きゅうりの千切りはうまくできた。音楽ライヴを動画で流しながら、ひとりキッチンでおどる。




二〇二三年七月四日

 学校のそばを通る。プールの授業。メガホン越しの、てきぱきした女先生の声。かけ声とともにきこえてくるばしゃばしゃ。塩素のにおい。

 健診結果を持って循環器科を受診する。スタッフの方々は丁寧だし、先生は程よくくだけてざっくばらんで、かつ明瞭明快にてきぱきしていておおっ、とおもった。ここはアタリだしめしめ、と内心ニヤニヤしつつ、言われるままに二十四時間の心電図記録をとる機械をとりつけてもらい、エコー検査の予約をとる。が、受付で会計金額をみて青ざめた。何食わぬ顔をして支払いを済ませて家路をたどりながら、心臓の悪い会社の先輩が、とにかく金がかかるから注意せよと言っていたのを今更思い出す。ポツポツと雨粒が落ち始めている。強い通り雨がやってきそうだけれど、傘を持ってこなかった。やけくそでバスに乗る。先生の名前はすきだったあの子と読みがおなじだった。




二〇二三年七月七日

 スーパーにいったら、「たなばたさま」が流れている。きょう七日なんだ、と気がつく。いっしょに秋の虫の涼しげな歌ごえも流されている。やめてよ。まだ夏をもっていかないで。まだ、やっと始まったところ。制汗剤を買う。

 夜、なかなか眠る気になれなくてぼんやりする。夏のうたなどきいてみる。やることは山ほどある気がするけれど、それに手をつける気にはならない。でも、まだきょうに心残りがある。急に勢いよくとびこんできた夏をまだ、持て余している。




二〇二三年七月八日

 本をつくることになった。しかも、いっしょにやる人はみんな作り手としては自分より上手のひとたち。震える。でもすごい。こんなチャンスはそうそうない。同人誌だけれど、ものすごく価値のあるものにできる可能性がある。本気、本気を出す時だ。ここで出さなくていつ出すんだ。今までウン十年生きてきても一度も出せなかった本気、きっとこの時のためにとっておいてあったんだ。ウオーーーーーーッというきもち。ここでわたしはもう、「こんくらいでいいや」の悪しき惰性を、きっぱり卒業する。




二〇二三年七月九日

 きのうは飲みすぎたのかもしれない。夕方まで部屋でじっとしている。スーパーへ買い出しへ出るころには風もすこし生ぬるい肌触り。

 みょうがを切る。なすは揚げ浸しに。ひと仕事したところで、さっきのみょうがをすこしもらって、やっこにのせてビールをあける。メロディにからだをゆらしながら。





二〇二三年七月十三日

 学校から、合唱が聞こえてくる。校舎から、おおきな校庭をわたってやってくる歌声は、遠くぼんやりとしている。大地讃頌だ。音源かな。そうだろうな。駅前のなんでもない雑居ビルのサインに可憐なアゲハチョウがひらひら戯れている。羽織ってきた薄手のジャケットにすこしだけ汗がにじむ。きょうは日差しがないからすこし、息をしやすい。




二〇二三年七月十四日

 つかれたので帰りの電車で本を読むのはやめて、イヤホンをつける。なんか夏っぽいラインナップを適当に拾ってかけていく。必ずしも夏をうたった曲ばかりではなくて、いつかの夏によく聴いていたものとかも、ちらちら入っている。あーちゃんからLINEで、きょうのごはんは何でしょうクイズ。メニューは知っている。でもしばらく、茶番をやる。やりながらおもう。ああ、早く食べたい。子どもみたいに胃がはしゃいでいる。

 夜風が涼しい。いろんな家のいろんな石けんやシャンプーのにおいが街に溢れている。Tシャツ短パンにサンダルであるくひと。もうすこし若くて、夏フェスで遊ぶのとか覚え始めていたころ、よく聴いていた曲。三十超えたけれど、まだまだはしゃいでいけるんじゃないかって、そんな気がしてくる。夏だからだとおもう。


 帰ったらカレーライスをもりもり食べる。なんでもないバーモントカレー。これがいちばんいい。もりもり食べる。





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