見出し画像

【日々】青春コンプレックス|二〇二三年六月




二〇二三年六月十九日

 いつもより三十分早く出かける。前からゆっさゆっさとからだを揺らしてあるいてくるおじさんの左肩に、オカメインコが載っている。きれいな薄黄色に、朱いほっぺ。すまして肩の上におさまっている。おじさんの右手には鳥かご。顔と体格は石井一久に似ている。




二〇二三年六月二十日

 なんとなくものさびしいきもちが続いている。きょうは指輪をつけ忘れたまま出かけてしまった。無意識にカラの薬指をなぞる。




二〇二三年六月二十三日

 生きのびるための希望だった週末のコンサートはなくなってしまった。なんとなくわびしくて、ビールを買って帰る。お酒を飲んだってなにもかわらない。どんなもので紛らわそうとしても、日々の苦しさが楽になったりはしない。




二〇二三年六月二十四日

 ダーツって意外とたのしい。なのに、こんなことはみんな当たり前に通ってきているんだろうなとおもうとなにか物悲しい。そんなことを考えても何の意味もないのに、自分以外のひとたちすべてが自分よりもずっとずっと、人生楽しく豊かに生きているようにおもえてしまう。

 ほんとうは、みんなとわいわい遊びたかった。

 輪の中でにこにこはしゃいでいたかった。

 海いったりゲームしたり酒のんだり、したかった。

 あまりに滑稽な、だれにも響かない自分だけの、悲劇のヒーロー気取り。だってわたしはそれを、手を伸ばせば届くところにあったそれを、みずから見送っただけなのだから。いくつになっても、わたしは失った、というより自ら選ばなかった「青春」の、その色濃く昏い陰におびえて生きている。




二〇二三年六月二十五日

 いつもの寿司屋。お会計のあと、おかみさんからパインアメをもらう。夕飯に生かつおを切ったら刃いれが甘くて繋がっており、家族からクレームが入る。母親の切った刺身もよくそうなっていたことをおもいだす。




二〇二三年六月二十六日

 札幌から遊びに来ていた友人と香水づくり体験。ナビゲーターのスタッフは、ガチガチにかためた髪、ウインタースポーツだいすき、つけている香水を選んだいちばんの理由は単にもてるから……とまあ絶対に友達にはならないタイプのひとで内心苦笑いする。でもたのしかった。さいしょはテーマに沿ったブレンドにしようと思っていたけれど、やっているうちに単に好きな香りを集めただけになった。思っていたよりずっと女性みの強い仕上がり。


 帰りの飛行機までの時間、メシ食いながら、コーヒー飲みながら、ひたすら、しゃべるしゃべる。相手によってこんなに饒舌度がちがう自分に改めておどろく。女の子たちがおしゃべりしまくってストレス発散する気持ち、すこしわかったかもしれない。こころにだいぶ、きもちの良い風が通った。





二〇二三年六月二十七日

 しおれていた茎に水が通った感じ。しゃんとしている。おひさまめざして、持ち直したかんじ。他人にそんなに惑わされずにかえってこれた。よし。職場で、みやびでうつくしい立派な米茄子とピーマンをわけてもらう。




二〇二三年六月二十八日

 あつい。夏の空気、におい、肌触り、のどごし。記憶のはこがつつかれて、おなじ夏のフォルダに入っている雑多ないろいろがはみだしてくる。あのこの、しろくひかる鎖骨のこととか。体育の前の更衣室にあふれていた、制汗剤の匂いとか。

 くどうれいんさんのエッセイを読む。一編目からくうっと、とりあえず生ビールのひとくちめ、みたいな声が出ちゃうくらい良い。こんなふうに書きたいし生きたい。むかし、さくらももこのピリッとダラけた文章がすきだったけれど、その系譜でよりいまの自分にあったことばをつむぐひとだなとおもう。このところ自分の性格の悪さに凹むことが多かったけれど、全然わるくないかも、とちょっとおもった。いくらでも活かしようがあるんじゃないか。きょうはほんとうになにか書きたくて仕方なくて、うずうずしているのだけど、なにならかけるかいまいちつかめない。くやしい。この感じを逃してしまいたくない。




二〇二三年六月二十九日

 窓をあけてもぜんぜん涼めない。おもたくて温度の高い空気がずっと部屋のなかにうずくまっている。洗濯物を干し、すこし拭き掃除して、シャワーで汗を流す。きかせておいたエアコンのひんやりしたにおい。ふたりで無印良品の冷製カレーをたべる。インドアなわたしは、外で燃える猛暑のひかりを暗くてつめたい室内でながめる夏が、いちばんすきだ。


 午下りに出かける。いちばん暑いこの時間の、死んだようにしずかな空気もすきだ。木立のわきをとおるときに、なんだかにぎやかだなとおもって耳をすます。蝉。蝉だ。蝉が鳴いている。夏のグッドミュージックたちがにわかにかがやきだす。


 電車のエアコンで涼みながら、谷保までいく。小鳥書房でずいぶん前にお願いしていた本を引き取って、ついでにアイスコーヒー。コーヒー飲めて、ソファまであって、何がなくともここへ来る理由がいよいよ増えてきた。近所に引っ越そうかなと、ちょっと本気で考える。きょうの店番は落合さん。言葉を交わしながら、自分の屈託のなさをたしかめる。けっこう屈託、少なめでいけた気がする。板についてきた。



 とおく、夏の入道雲に薄紅がさす。バスの降りぎわに、運転手さんにきちっとお辞儀をする女の子。夏。なんだか、花火がやりたいなと急に思い立つ。とおい昔に思いを馳せて、手に入らなかった青春を火葬するような花火。いい大人だけど、でも、やさぐれない、茶目っ気のある顔ぶれで。

 夕飯はこの前もらった米茄子で炒め物となす田楽。お酒を呑みながらぼんやりと、落合さんに言えばよかったなとおもう。花火、やりませんかって。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?