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賢治先生の北海道修学旅行 4日目 5月21日午前 ビール工場で農業文明論

宮沢賢治の花巻農学校教師時代の北海道修学旅行復命書を読み解いています。
復命書はこちらです。
https://plaza.rakuten.co.jp/kenjitonou/diary/202102150000/

一行31名は、1924(大正13)年5月18日夜に花巻を出発。鉄道と青函連絡船を使い、途中函館、小樽を見学しながら、車中泊2日の強行軍で5月20日午後、札幌に到着。北大植物園、中島公園を見学、札幌駅前の山形屋旅館に宿泊しました。




5月21日午前はビール工場見学です。

(引用開始)


廿一日(札幌市、苫小牧、)
本日も亦快晴なり。七時半旅舎を発し札幌麦酒会社に赴く。

(引用終了)

賢治先生たちが見学した札幌麦酒工場は、現在の札幌ファクトリーと思われます。現在はおしゃれなショッピングモールと、レトロなビール博物館、ビール販売所などになっていて、観光名所です。コロナ禍が終わったら、ぜひ行きたいところです。


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(引用開始)

案内によりて糖化室より参観す。糖化罐四、各六十石を容る。
麦芽汁スティームによりて六十二度に保たれ二過程に糖化せらる。次に機関室を経て寒冷なるセメントの廊を後醗酵室前に至り本醗酵を終れる液の並列せる小横樽中に貯せらるゝを見る。

(引用終了)

賢治先生たちは、ビールの原料である、大麦の芽(麦芽)の酵素で、デンプンを糖にし、さらに酵母で発酵させて、アルコールをつくる工程を見学しました。

次は、ビールのビン詰め工程を見学した賢治先生の巨大な知性が爆発、文明論、農村発展論に展開します!

(引用開始)

次に瓶詰工場を視る。古き麦酒瓶数十の一列河水の流るゝが如く機上を転じレッテルを剥離せられ磨洗水洗填充賦栓より新なるレッテルを得麦稈の衣を装ひ二打の木函に容めらるゝまでその巧妙なる機転驚嘆せざるなし。

(引用終了)

ビールの瓶詰め作業を見学しました。古いビール瓶が川のように次々と流れ、洗われて、ビールを詰められていきます。その機械の流れ作業の見事さ、速さに一同は感心したようです。

しかし、単に機械の速さに感心するだけではありませんでした。賢治先生は工業と農業を比較した文明論、農村発展論を述べはじめます。「先生!これ学校に提出する出張報告書ですよ!」と言いたくなりますが、これが宮沢賢治です。

(引用開始)

然れども斯の如き今日の工業中にありては実に稚態茶飯事に過ぎず。

(引用終了)

ビールの瓶詰め機械は確かにすごいが、これぐらいは、科学の発達した大正時代の工業界では、子供の遊びか、日常茶飯事ていどのものに過ぎない、と突然、賢治先生の巨大な知性がヒートアップ(暴走?)します。

(引用開始)

大約人類の苟も思想する処何事か成ぜざらん。工業と云ひ農業と云ふ勢力と云ひ物質と呼ぶ何物か思想に非らんや。

(引用終了)

人類が思うことは必ず実現できる、と大正知識人賢治先生は高らかに宣言します。工業、農業、勢力、物質、これはすべて思想なのだ、思想だから人類が思うことは、実現できるのだ、といいます。

現代では、物質と思想は分けて考える人が多いと思いますが、賢治先生の考えでは、産業も、物質も、すべてが思想であるといいます。これは仏教の影響なのでしょうか。

(引用開始)

唯複雑にして征服し難き農業諸因子の中に於てその進歩容易ならざるのみなり。

(引用終了)

ただ、農業は、屋外で自然の力を使って行う産業なので、工業よりも複雑で、人類がまだ征服できないことが多いために、進歩が難しい。それでも、やはり人類が思うことは、工業と同じように農業でも実現できるのだ、といいたいのでしょう。

さらに、農家の窮状を救うべく論を進めます。

(引用開始)

夫、長方形密植機の如き太陽光線集中貯蔵の設備の如き成らんか

(引用終了)

明治時代にまっすぐ正方形に田植えをする、正条正方形植えが普及しましたが、大正時代にはさらに太陽光の利用効率の高い正条長方形植えが、広がりました。
また、田植機の普及は戦後のことになりますが、大正時代にも、各地の農家が田植機の開発に取り組んでいました。

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イラストは1898(明治31)年に宮崎県の農家、河野平五郎の発明した田植機特許第1号です。

工業のように農業も機械化できるのだと、賢治先生は述べているようです。田植機と土地の改良を組み合わせて、「太陽光線集中貯蔵の設備」というのは、なるほど物理学も得意だった賢治らしい、独特の表現だと思います。

(引用開始)

今日の農民営々十一時間を労作し僅に食に充つるもの


(引用終了)


農民が1日あたり11時間も働いても、わずかに家族が食べる分を少し上回る程度の収穫しかない、と賢治先生はいいます。

(引用開始)

工業労働に比し数倍も楽しかるべ

き自然労働の中に於て之を享楽するの暇さへ無きもの将来の福祉極まり無からん。

(引用終了)


また、本当は、建物の中の工業労働よりも、自然の中の農業労働のほうが数倍も楽しいのに、楽しさを味わう時間もないと、農家・農村の現状を嘆きます。

しかし、「長方形密植機」「太陽光線集中貯蔵設備」のような機械化ができれば、農業・農村・農民も将来、無限の福祉を手に入れることが可能なのだ、といいます。

(引用開始)


旧慣の善良を確守し勤労を習得せしむると共に之今日の農業の旧態に甘んぜしめざるを要す。麦芽製造室と本醗酵室は参観を遠慮せり。


(引用終了)

古い慣習の良いところはしっかり守り、良く働く態度を身につけることはよいことだが、それだけでなく、古いやりかたの悪いところに、生徒たちが安住してしまわないように教育する必要が

あると、賢治先生は言いたいようです。

時間の関係か、衛生上の問題か、麦芽製造室と本発酵室の見学は、遠慮したようです。

次回は、麻から布などをつくる製麻工場を見学しますが、賢治先生たちは、ここでちょっとしたミスを犯してしまいます。



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