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ふたりの命は木となって。#シロクマ文芸部#紅葉鳥

紅葉鳥もみじとりがこちらを見ている。朝霧の森に、燃えるような栗色した毛を朝の陽に照らしながら。
朝の霧は地面からゆらゆらとこの森の生命を産みだし、地を覆う緑を露が濡らしている。山道に迷ってしまったわたしは、一晩をこの森で過ごしてしまった。軽率な格好でこの森に入り、道に迷い、挙句の果てに一晩を過ごし、朝を迎えた。今、わたしが生きているのは奇跡なのかもしれない。森の朝と晩の寒暖差にわたしの命は凍えていたから。

紅葉鳥の瞳はわたしを捉え『こちらに来るな』と警告しているようだ。
ぎっと睨む目がそう語っている。

「行かせて下さい」
「命は無いぞ」
「いいんです」
「何故だ」
「娘を探しにこの森に入って来たのですから。」
「娘はどうした?」
「迷子になったのか、拐われたのか、わたしには分かりません。」
握った拳で膝を打ちながら涙するわたしに、紅葉鳥はカッカッと傍により。
こちらに来いと言うようにその首を森の奥に向けて振ってみせた。
わたしは娘の16センチの片方だけの靴を手に、導かれるままに奥へ奥へと分け行った。

獣の道、つたが足に絡まり、岩肌の苔にわたしは何度も転びそうになる。
背の高い木々が陽の光を遮り。頭上を名前も知らない鳥が鳴く。時折、バサっと音がする方を振り向いても、黒い影が過ぎて行くだけで、速くて目で追うことは出来ない。
紅葉鳥は、どこまで行くのだろう。わたしはハアハアと息を切らしながら着いて行く。暗く閉ざされていく森を進むと大岩と大岩が、大樹と大樹が折り重なる、まるでトネルのようなところに出た。中に入ると空気は冷たく冴え渡り、足音は高く木霊こだまする。何処からとなく聞こえる泉の流れる音、そしてトンネルを抜けると広くひらけた鮮やかな世界。命の産まれる様子が見えるような、キラキラと菌糸が飛ぶ様が目に見える。なんと不思議な世界なんだろう。

わたしは辺りを見まわし、数頭の鹿が何かを囲む方へと足を運ぶ。

娘がいた。

「かえでっ」わたしは駆け寄り、名前を呼んだ。
揺さぶっても、頬をたたいても、娘は目を瞑ったまま、返事はない。
「なんで…。」

「お嬢さんは深い眠りについている。もう目覚めない。」
紅葉鳥が教えてくれた。
「どうして、どうしたらいいの?娘を助けて。」
「出来ない。」
「わたしの命と引き換えに。」
「わたしには出来ない。」
「だけとわたしも娘を置いて帰れない。」
深い森の中、携帯電話の電波も届かない。一人で帰る術もない。
「それなら、わたしも娘の傍に居させて。」

明るい森の広場にも日が暮れていく。
サラサラと泉の流れる音、月の光にキラキラと輝く生命の輝き。辺りは彩度を下げてシアンのやや緑がかった青色を帯びてくる。
不思議とふたりの命が溶けてゆき、生命の淵に流れていく。
重なり合うように眠ったふたりの命はやがて一本の木となって再び命を宿す。
楓の葉が揺れる時、母と子の手が重なりあって揺れているよう。
四季折々に変化するその様は、まるで、親子が移り行く季節を楽しんで過ごしてるようにも見える。冬には白銀の宝石のように輝く。そのふたりの命の木は決して枯れない。紅葉鳥が守っているからだ。






最後までお読みいただきありがとうございました。
こちらの作品はシロクマ文芸部の企画に参加しております。
紅葉鳥とは鹿のことなんですね、大変勉強になりました。

締切ギリギリの投稿でしたが、何とか間に合いました(汗)
不思議な世界の物語に何か感じるものがございましたら幸いです。
ありがとうございました。


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