見出し画像

47才のキャンパスライフ 〜慶應一年生ミュージシャンの日々〜 32 「アイスクリンの思い出」

 日吉キャンパスにはホットコーヒーが買えるところが(僕の知るところ)二カ所あって、その一つが学食2階にあるG'S CAFEというパン屋さんである。
 そこではなんと!(という程でもないかもしれないけど)ソフトクリームも売っている。学生さんがソフトクリームを食べながらキャンパス内を闊歩している様を初めて見かけた時は

「大学とはなんと自由な所やぁ〜」

 と心底思った。ソフトクリームほど「自由」を体現している食べ物ってちょっとないんじゃないかと思う。程よく祝祭的で、明るく、ポップである。

 しかし、しつこいようだけどポップなのは若者が食べているからであって、40才を越えた男性がソフトクリームを頬張っている様は、あまり人に見せられたものではない(例外的に高速道路のサービスエリアでだけ、治外法権的に許されているようである)。
 とはいうものの先日はあまりに糖分が欠如して頭がスキっとしなかったので、ここはいよいよソフトクリームを行ってみようと買い求めた。

 流石にキャンパスを闊歩しながら食べ歩く勇気はないので、食堂の壁に面した一人席で食べようと思ったんだけど、大の大人がソフトクリームを壁に向かって黙々と食べているというのもなんだか思い詰めた感じがして怖いので、せめて窓に面した一人席に移動して食べ始めた。

 しかしこの気恥ずかしさはどこからくるのだろうと考える。手に持って食べるから?と思えば、お祭りのとうもろこしだってそうだけど、あれにはあんまり気恥ずかしさがない。若者よりもおじさんの方が似合いそうなくらいである。フランクフルトだって大丈夫である。ビールが似合う。

 そう思うと具体的な食べ方ではなく、ソフトクリームにある種レッテル的に貼られてしまった祝祭感、もっといえば「キャピキャピ感」みたいなイメージが、僕を気後れさせてしまっているのだろう。確かにどんなに抑制の効いた俳優さんでも、ソフトクリームを食べさせてしまえば心の中から溢れる「うふふ」感を隠しおおせはすまい。渡辺謙でも高倉健でも難しいと思う。なかなかに欲望に満ちた食べ物ではある。

 ソフトクリームとはまた別に「アイスクリン」という氷菓子がある。ソフトクリームと同様にコーンの上に乗せて供されることが多い。食感はソフトクリームよりもシャーベットやジェラートに近く

 「乳脂肪分? なにそれ美味しいの?」

 というような代物である(乳脂肪分は美味しいけど)。昭和の頃は夏の公園で、おじさんが簡易的な冷凍庫を自転車に乗せて売りにきていた。

 僕が生まれ育ったエリアの近くに服部という緑地・公園があって、幼いころに父に連れられて散歩したことがある。そこで自転車のおじさんのアイスクリンを父が見つけて大層喜び、買い求めて食べさせてくれた。

 父は「懐かしいなあー!」と感慨深げに食べていた。僕はその頃小学校中学年くらいだったので良くわからなかったけれど、それでもその素朴な味わいが懐かしい味としてインプットされて「そうですねぇ」なんて心で相槌を打っていた。

 今食べれば、正真正銘、懐かしい味がするだろう。お昼にはキッチンカーも来てくれる日吉キャンパスだから、アイスクリンのおじさんもふらっと来てくれないかなと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?