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2010年7月 札幌 6 飲めないくせにバーに行くーFABcafe

2010年の夏、北海道をツーリング中の夫が、転倒事故を起こした。幸い自損事故で、命にも別条なかったが、粉砕骨折を負い、札幌の病院にそのまま入院という事態になった。手術は、プレートを入れ補強するまでの手術と、プレートを取り出す手術とで、2回に渡った。ワタシは、2010年と2011年に、札幌滞在を余儀なくされた事態に便乗して、観光を楽しんだ。

*2010年と2011年に別のブログに投稿していた記録を転載したものである。


その日は2010年7月31日土曜日の20時頃。東京の繁華街であれば、猛暑と密集度の高い人波からくるむんむんとした 熱気を感じるのが普通であろう。
だが、ここは札幌、人もまばらな整然とした街に出る。

新千歳空港で手に入れた約20センチ四方の中央区の地図をいつも手にしていた。 店選びにはこれで充分だ。

なにしろ、わかりやすい。明治時代に定められた都市計画に基づいて、 碁盤の目の様に東西南北に道路が作られ、それらの道路を基準に 東1丁目、2丁目、西1丁目、2丁目…、北1丁目、南1丁目… のように番号が振られている。

中心部には、テレビ塔のある大通り公園が 東西に全長1.5キロに渡り、横断している。ふらふら歩いていると、札幌市時計台の裏手辺り、

ビルの一階部分に、総ガラス張りのバーが見えた。中には、立ったまま、談笑している2~3人の女性がいる。ビルに入り、店の立て看板を覗き込む。
おつまみ、肉料理、魚料理、チーズ、デザート、などのメニューがあった。

隅々まで見渡した上で、店内に入るというのは、とても、安心なものだ。
オフィス街のビルに囲まれた、清潔な町並みに似つかわしいガラス張りのカフェバーだ。

カウンターの中にも、女性が3人くらいいて、奥の席にどうぞ、と案内された。 本来はスタンディングバーみたいで、わたしが座った背の高いスツールも4~5客しかない。

まずは、カウンターに両肘をついて、この店の雰囲気を味わう。客もスタッフも全員女性で、柔らかで、清潔感のある空気に満ちている。

ちょうどよいタイミングで、ロングの黒髪を後ろにきりっと縛り、ブラックジーンズに真っ白な腰エプロンをつけた、黒ぶちめがねの女の子が

「どういたしましょうか」
みたいなことを問いかける。

「お腹が空いているんです。まずは何か食べたいんです」
とわたしはいつもの常套句を口にした。

「そうですか…」とたんに、女の子の顔が曇る。
「シェフがママチャリレースに出ていて、今日に限っていないんですよ、
いっつもいるんですけどね、本当に今日に限っていないんですよ」
と残念そうに話す。

ママチャリレース?この言葉を聞くのは2度目だ。
2日前の夜、駅ビルのカレースープ屋で食事を待っていたとき、横に座っていた女の子がボーイフレンドに、
「お兄ちゃんがママチャリレースに出るんだって」
と話していたのを思いだした。

後日調べて見たところによると、「全日本ママチャリ12時間耐久レース」という名前で、 十勝スピードウェイを12時間、10人一組でママチャリで走るというレースらしい。

「ここのシェフは女性ですか?」
「男です」と黒めがねの女の子。
ママチャリなのに男?とぼんやり考える。


色々聞いているうちに、焼くだけとか作り置きのものなど、簡単なものなら出せると言う。相談した後、パテ・ド・カンパーニュ、エゾシカソーセージ、天然酵母パン、を頼むことにする。

いつのまにか、別の女性スタッフも傍にいる。この女性のエプロンは黒で胸の所に、「SLOW FOOD」とある。
さっそく、
「スローフード協会と関係あるんですか?」
と尋ねる。
「これはイタリアに行ったときに、買ってきたものなんです」
と彼女。そういえば、スローフード運動ってイタリアが発祥だったな、
と思い出す。

さらに色々話を進めていくうちに、道産食材をメインにした料理に、こだわっていて、 生産者、料理人、食べる人、それぞれの繋がりを大事にしている店なのだということが テンポのよい会話の端々から伝わってくる。

ほどなくして出てきた天然酵母の丸型パンに白っぽいパテを付けながら食べる。あっさりとした癖のないパテとパンが、前菜としては似つかわしい。

細長いエゾシカのソーセージも粒マスタードを付けながらゆっくり口に運ぶ。たぶん、エゾシカと説明されなければ、普通のソーセージだと思うだろう。

そういえば…と、バーにいるのにお酒を注文していないのに気がつく。
パテにソーセージとくれば、これは赤ワインしかない。ボトルと一緒に、色々説明してもらったが、よく覚えていない。覚えているのは、赤ワインとパテの気持ちのよい相性だけである。

デザートも頼むことにする。濃厚なヨーグルト、ほとんどフロマージュと言い換えることもできるデザート、上にはエクストラバージンオイルと岩塩。
これは、締めの甘みとしては最高だった。最後にWエスプレッソ。

正直、胃袋が満腹になったかといえば、腹7部目くらいだ。しかし、プロが作り出すバランスのよい会話と空間がその隙間を埋めてくれた。

帰り道、わたしは、いたく反省したものだった。
食事とは、がつがつお腹一杯食べることではなく、 ゆっくりと時間をかけ、その土地で取れたものを頂くものだと気づかされた。スローフード万歳。

*2024年6月閉店
パテ・ド・カンパーニュ、エゾシカソーセージ、天然酵母パン、
グラス赤ワイン1杯、ヨーグルト(フロマージュ?)デザート、
Wエスプレッソ 計2540円 2010年7月現在

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