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未熟を象徴する人生の必修科目
周りを見渡してみると人間性が完璧な人間はいませんが、その習熟度に差があることに気づきます。 人間性を同じものさしで評価することは絶対にできませんし、「人間性がここまで養われていれば合格」というような指標もありません。
人間性とは
人間性を鍛えたところで大学に合格できるわけでもないし、稼ぐお金が増えるというわけでもありません。つまり目に見えるような結果が直接的にもたらされないため、その評価が難しく価値がわかりづらかったわけです。
”人間性”と一言にまとめると難しいですが、私はRPGでいうところのスキルに近いものだと考えます。
「人に好かれるスキル」「人から嫌われないスキル」「土壇場をうまくやり過ごせるスキル」「悪いものを寄せ付けないスキル」「買い物の際に代金を割り引いてもらうスキル」
こういったスキルにはレベルがあり、スキルの豊富さも人間性の習熟度の差として現れます。
人間性を鍛えることで
私はスキル(その人の人間性)の差が”運”の差に現れると思っています。 私たちが生きる世界は人のために作られていて、人が便利だと思うような仕組みで溢れています。少なくとも私は生まれてから世の中が便利になっていく光景しか見たことがありません。 社会の仕組みは人が心地良く過ごせるように発展しています。人は便利で心地良いと思うものに寄っていきます。人は人に対しても同じように寄っていきます。一緒にいて心地良い・良い印象という人を望みます。 スキルによって勝ち取った”良い印象である”や”気に入られる”といった状況は”人との出会い”や”ここだけの話”といったチャンスを得る機会を増やします。そして”チャンスが増える”ことは運の良さに直結します。
人間性レベルアップ
人間性のレベルアップを養う方法ですが、”人を本気で好きになる”、”その事象に本気で取り組む”という姿勢で臨んだ失敗経験に変わるものはありません。私は本気の失敗こそスキルを会得するための必修科目だと考えます。未熟な失敗こそ大きな経験値です。
間違えて恥ずかしい思いをする
自慢して呆れられる
見栄を張って気まずい空気を作る
自分の話ばかりをして相手の反応に違和感を感じる、避けられる
謙虚すぎて欠点まで曝け出してしまう
思ったことを正直に話して相手を悲しませる
誰かが作った気まずい空気を打破できず、しんとしてしまう
もちろん人間性はどのレベルであっても生きていけますし、現状から転じて困ることはありません。 しかし、「何か足りない」「運がない」と感じているのであればその原因は自分なのかもしれません。
”自分で希望して学び、自身の知識にする”という形は大学の履修の仕組みのようです。
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