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暖炉のある家

暖炉のある家にちょっぴり憧れている。

森の中に佇む木の家。外は凍える寒さだけれど、部屋の中は暖炉の優しい暖かさで包まれている。その赤々と燃える炎を前に家族や友人達と食卓を囲む。熱々の煮込み料理に自家製パン、そして冷えたワイン……なんちゃって。もし横溝正史の小説ならこれから殺人事件が起こりそうなシュチュエーションだが、まあそれは置いといて、私の拙い想像力では暖炉ってこんなイメージなのだ。

で、長年イメージだけで実際の暖炉にお目にかかった事はなかったのだが、二年ほど前に「暖炉のある家」にお邪魔する機会に恵まれた。

それは中学の頃、同じ部活だった友人の家。

中学時代、彼女とは互いの家に泊まりに行くくらい部活以外でも親しく付き合っていた。けれども別々の高校に進学して徐々に会う機会が減り、高校卒業後に私が地元を離れてからは連絡も途絶えてしまった。

それから月日は流れ、風の噂で彼女が日本を離れイギリスで暮らしていると聞いた。

明るくてパワフルで、何事にも積極的な彼女らしいなと思った。

そんな彼女と、ひょんな事から共通の友人を介してLINEが繋がったのが三年前。聞けば、日本でビジネスをしようと考えていて時々こっちに帰って来ているという。

そして日本での滞在先として最近家を購入し、その家のある場所が偶然にも私の住む県だった。

そんな経緯で、彼女の帰国に合わせて私が彼女の家に遊びに行く事になったのだ。三十年の時を経て、地元ではない、全く縁もゆかりもない場所で私達は再び会う事になった。 

          *

久しぶりに会う友人宅は、私が思い描いていた理想の家そのまんま、いやそれ以上に素敵だった。

とある別荘地の一画にあり、木々に囲まれたその家は、こぢんまりとしているが彼女一人で住むには十分な広さだ。

ちなみに彼女にはイギリス人の旦那さんがいるが、旦那さんと一緒に日本に来る事はあまりないそうだ。「たまには離れる時間も必要なの」と言っていたが、それはまあ……分かる気がする。

部屋の中は随所に彼女のセンスが感じられ、めちゃくちゃお洒落だった。時間のある時にDYIしたというキッチンカウンターには彼女が選んだ素敵なタイルが貼られ、その上には木製のボールに入ったフルーツが、まるで飾られているかのように置かれていた。

さらに、リビングにある陶器でできた丸くプックリとした大ぶり鉢の中には水草(睡蓮?)が揺れ、その間をメダカが気持ち良さそうに泳いでいた。

さらにさらにゲストルームである中二階の一室は、収納棚とベッドのみというシンプルさながら英語の雑誌や本が何気なく置かれていて、これがまたお洒落だった。

そしてウッドデッキの座り心地の良さそうなチェア。ここに腰を下ろして、光と風を感じながら揺れる木々を見ていたら絶対に動きたくなくなるんじゃないかと思った。

彼女のこだわり満載の素敵な家には、それに加えて暖炉があった。

私が訪れたのは6月だったけれど、山奥にある別荘地は、夜はまだ寒かったので暖炉に火を入れようという事になった。

最初に火をつける時はちょっとコツがいるようだったが、一気に燃え広がるととても暖かかった。そしてその炎を、私は体育座りをしながらいつまでも眺めていた。

当時私は仕事を辞めようかどうしようか悩んでいる時期で、ゆらゆら揺れる炎を見ていると、なんだかとても癒される気がした。

彼女の家の暖炉。ずっと見ていられる…


その日の夕食は彼女が手料理を振る舞ってくれた。白身魚のカルパッチョやブリトーなど、作る料理もお洒落だった。そしてワインを飲みながら、この再会に至るまでの自分達の歩んできた人生について語り合った。

「ホント、これまでお互い色々あったねぇ」

「そりゃそうだよ。三十年だよ、三十年」

暖炉に火をくべなから、夜がふけるまで喋り続けた。

そういえば中学の時も、どちらかの家に泊まりに行くと、家族を起こさないようにヒソヒソ声で夜中までずっと喋っていたっけなぁ。


同じ県内とはいえ、互いの家はかなり距離があり(車で二時間くらい)、彼女もそんなに頻繁に日本に帰って来れるわけじゃないので、あの時以来私達が会う事は出来ていない。

けれど、このところの急な寒さを感じながら、ふと彼女の家の暖炉の暖かさを思い出した。

やはり暖炉のある家はずっと私の憧れであり、その想いは今、楽しかったあの日の記憶と共にある。

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