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「潔い生き方」を貫いた女性の話

「私は女としてはダメな人生だったわ・・」

テーブル横のいつもの席に座りながら彼女はつぶやいた

当時、彼女は82歳
僕が介護の担当になってから数年ほどたった頃だった
結婚をせず、独身を貫きながら事業を興し、信念を持って生きてきた彼女から、そんな言葉が出てくるとは意外だった

「結婚もしないで子どもも作らなかった・・女としてはダメだったわね」そういって彼女は、ほくそ笑んでいた

 

美人3姉妹の長姉


美人3姉妹の一人だった彼女は、終戦直後、東京に住む叔父を頼りに北海道から上京した(写真をみたことあるが本当に美人だった)

優しい叔父は、彼女が都会に一人で住みながら働くことを、いつも心配していた

いくつか仕事をしたが、長く続いたのはウェイトレスだった
飲食店で接客や調理などを経験した後、独立し銀座に喫茶店を立ち上げた
オーナーとしての経営は上手くいき、店は長く続いた

愛人として

その間、彼女には恋人がいた
と言っても恋人には妻子がいたようなので、どうやら愛人として付き合っていたようだ
2人は、たまのデートで野球観戦に行ったりもした
スタジアムの特等席の権利を持っていたので、毎回の観戦を十分に楽しんでいたようだ

その後、時が経ち、高齢となり店を閉じることになった
恋人とは、会う機会がほとんどなくなったが、定期的にお金が送られていたようだ


引退後の生活


彼女は賃貸マンションに一人住みながら引退後の生活を謳歌していた

好きな物しか食べず、家具や食器も好きな物しか置かず、窓からの眺めをよくするため網戸を外したりする
また、内装の工事をお願いした際にも、仕上がりが思いどおりにいかなかったとしても文句はいわない(関係ない人に愚痴はこぼすが)
自分が求めたことに対して結果がどうであれ、それで終わりにする
ある意味、「潔い」生き方をしていた

介護が必要になって

介護が必要になってからはヘルパーさんの世話になったが、掃除、調理、外出介助など、どんな結果に対しても文句を言うことはなかった

唯一の家族の妹は存命だったが、高齢で施設に入所していた
連絡はほとんど取っていない。その妹には家族がいるようだが、その家族との付き合いも無い。完全に疎遠な状態であった

同じマンションに住む友人が、よく世話をしに訪問していた
犬を飼っているどうし仲が良かった
他にもマンションに友人がいた。自然と慕われる存在だった

やがて、昔の恋人からは送金がなくなった
相手も高齢だし、当然の結果だろう
しかし問題がひとつあった。彼女は無年金だった。年金を納めていなかったのだ
貯金を取りくずしての生活が続くようになった
それからしばらくし、貯金が底をつき始めたころ、区役所に生活費の相談をするようになった
区役所の生活保護担当の方がまめに動いてくれ、結果、生活保護を受けることができた

住んでいたマンションの家賃は高額だったので、近くの安いアパートへ引っ越すのを条件に開始
費用は全て保護費からでるので費用面での問題は無い
業者さんが引っ越しを頑張ってくれた
そうして新しい場所での彼女の新生活が始まった

マンションと違い、アパートの1階から眺める景色は地味だった
それでも彼女は窓ぎわにイスを用意し毎日そこに座って通りを眺めていた
アパートで犬を飼うことは出来ず、マンションの友人に世話を託した
友人は時々その愛犬を連れて訪問することもあった
彼女は多いに喜んだ

最後の輝き

それから数ヶ月後、彼女が発熱したとのことで往診が入った
血液検査の結果が良くないとのことで救急車を手配することになった
そのまま彼女は入院、肺炎の診断が出た

数日後、病院から連絡があった
病状がおもわしくなく、そんなに持たないかも、とのことだった

僕は病室を訪問した
ベッドに横たわる彼女に覇気はなく、来てくれてありがとう、と力ない言葉で応対していた

その時、なぜか僕は自分の鞄についていたキーホルダーを彼女に見せた
そのキーホルダーには、僕の子どもの写真が丸いケースに切り抜かれて入っていた
「かわいい!」
彼女はいきなりベッドから半身をよじってキーホルダーを手に取った
彼女の瞳はらんらんと輝きを発していた
それが、彼女の最後の輝きとなった

物事の結果に対しては文句を言わなかった彼女が、女としてはダメだったわ、と自分に対して思いを吐露したのは何故だったのか
多分、後悔していたわけではなかったと思うが、
潔く生きた彼女がほんの少しみせた弱音だったのか

しばらくして病院から臨終の連絡があった
生活保護関係の役所に連絡してみると、彼女の遺体はそのまま火葬場に行くとのことだった

焼き場にはマンションの友人が花を持って駆けつけてくれた
彼女を看取る家族は居なかったが、ほんの少しではあるが見送ってくれる人たちはいた

このあと彼女の骨が今どこに納められているのかは分からない
もしかしたら永久に、誰一人として墓参りしてくれることは無いのかもしれない
しかし、彼女は多分、その結果に対しても文句を言うことはないだろう

それが彼女の潔い生き方だから

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