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フラッシュポイントビヨンド ~終わらない物語への祝福~

 この記事は私が読んだアメコミの感想を書く記事です。

フラッシュポイントとは

 オーケー、もう一度説明するね。フラッシュポイントとは2011年にDCコミックスにおいて設定の仕切り直し(リランチ)目的として描かれたイベントだ。内容は、フラッシュことバリーアレンが歴史改変によって作られた存在するはずのない時間軸に迷い込むという話。バリーとその世界のヒーロー達の活躍によって歴史は修復され、バリーは元の世界に戻り、フラッシュポイント世界は消滅した。これがフラッシュポイントの大まかな内容である。しかし、消えたはずの世界は残存し、正史世界と交わり始める。その影響を描いたのがフラッシュザボタン、ドゥームズデイクロック、トムキング期バットマン、インフィニットフロンティアなどの作品だ。どうしてそうなったか。まずフラッシュポイントと言う作品が人気が高く名作と名高いのだが、特にこの作品初出のキャラであるトーマスウェイン/バットマンの人気がかなり高い。バットマン誕生のきっかけと言えばお馴染み両親の死であるが、フラッシュポイントの世界では死者は親ではなく子だ。子供を失った二人、トーマスとマーサウェインは狂気に落ちた。悪を憎み、犯罪者に容赦のない制裁を与える闇の騎士、それがトーマスバットマン。そして、絶望の果てにこの世の全てが悪いジョークであると至った狂気の犯罪者にして道化の女王、マーサジョーカーである。そんな正史に対する悪趣味なアレンジを加えたキャラクター造型や作中で展開されるドラマの完成度の高さからかなりの人気を博し、二人はコミックへの再登場が求められることになった。そんなわけで特にトーマスバットマンは色々なイベントに絡み、その活躍の場を増やしていったわけだ。トーマスの狂気はブルースへの愛が根幹にあり、息子の幸せを祈っている。なので危険なバットマンをやめさせようと暗躍したりもするのだが、結局根負けし息子の意思を尊重する。最後に、彼は世界の危機に立ち向かい、強敵との戦いで命を落とす。正史同様に息子の為に死んだのだ。という形で終わったトーマスの物語の続編が本作である。人気があればカスまで絞るのがアメコミの常である。まだ絞り尽きないからスーパーマンやバットマンは続いているのだ。

存在しないはずの世界

 死んだはずのトーマスが目覚めたのは彼にとって見慣れた場所であった。ゴッサムシティのウェイン邸。自分が生きていること、この世界がある事全てがあるべきではないこと、異常事態である。彼はこの悪夢のような世界に残されたのだ。トーマスはこの歴史を正す為に、現実を塗り替える為に行動を開始する。全てはブルースの生きる世界の為。その為ならこの世界が消える事など何も問題ではない。一方正史世界では、バットマン/ブルースウェインが歴史の守護者タイムマスターの基地から一つのスノーグローブを持ち出していた。そう、それこそトーマスが生きている理由であった。トーマスとの別れの後、父が生きている世界をどうしても残しておきたかったブルースはタイムマスターのアイテムを使い、スノーグローブにフラッシュポイント世界を保存したのだ。それが、歴史を危険に晒すとしても。
 二つの世界に危機が迫る。歴史を修正し世界を消そうとするトーマス。フラッシュポイント世界で繰り広げられるアマゾンとアトランティスの戦争。クロックワークキラーによる連続殺人。地球を狙うクリプトン人。ブルースの行動により起こる歴史への影響。そして立ち向かう者たちがいる。地球を守るため団結するサブジェクトワン(カルエル)とヒーロー達。バットマンから歴史を守ろうとするタイムマスター。複数の思惑が絡み合い、世界の混沌は加速する。果たしてその先に未来はあるのか。

囚われた者に捧ぐ物語

 本作は何を暗示しているのか。この物語は誰の為にあるのか。傲慢だが私はこう思わざるをえない。これは、未来無き物語の為に紡がれた作品だと。世の中には、道半ばに終わる作品が多く存在する。色んな理由でそれは起こる。人気がない、予算がない、制作のゴタゴタ、不祥事。そんな理由で道半ばになった物語をこれまでの人生で見たことがないだろうか。私は多くの作品を看取ってきたけれど、私が最初に思い浮かべたのはDCEUのことだった。DCEU最後の作品と言えば本作の前作に当たるフラッシュポイントを原案としている。DCEUの大人の事情を一身に背負い、作品内でリランチの理屈を説明することを宿命つけられた作品だ。DCEUはDCUにリランチし、新しいキャストによって新しい物語が紡がれる。だが、その裏で宙ぶらりんになった世界が、物語が存在するのだ。私達が愛した物語は、世界は、キャラクターたちは、もう会うことはできない。そんな私の心に空いた大きな穴を本作が埋めてくれた。新しい世界、シリーズ、それ自体は歓迎すべきだ。だからと言って旧シリーズへの愛着を捨てる事はできない。あの物語の続きを、その先を見たいと思ってしまうのだ。特にDCEUはジャスティスリーグから続く壮大なサーガの構想があり、予告されていた。ジャスティスリーグザックスナイダーカットを見ればその事がよくわかるだろう。それが大人の事情で、主に制作の不手際に寄って打ち切られ、ザフラッシュを手切れとして新しい世界に行けとファンたちは突きつけられたのだ。未練だ。私たちの未練は誰が知る。この感情はどこに行く。行き場のない感情を天に吠えるしかない。そんな私の気持ちを癒してくれたのが本作なのだ。フラッシュポイント世界は未来無き物語の暗示だ。正史の為に肥やしとなれと、消えるべきと定められた世界である。しかし、そこにも生きる者たちがいる。サブジェクトワンはヒーロー達を集め、故郷クリプトンに反旗を翻す。地球に生きる人々を守るために。ブルースは父の生きる世界を守るために歴史の守護者に戦いを挑む。世界がそれを否定しようと守りたい世界の為に戦う。ヒーローとして、否一人の人間として。愛する者がいるならその為だけにも戦い続けるのだ。私はそれに心を重ねた。DCEUが好きだった自分。未練、後悔、そんな個人的な感情の為に戦う姿に深く共感を覚えたのだ。私の胸に渦巻く黒い感情を抱えて生きてもいいのだと許しを得たようなそんな気持ちだった。

物語は続いている

 トーマスは自分の世界に価値を感じていない。だから歴史改変によってこの世界を変える方法を追い求める。バリーアレンに雷を落としフラッシュにしようとするも刺客の妨害によって実験は失敗しバリーは死んでしまう。それだけではない。クロックワークキラーという謎の殺人鬼によって殺された人間は時間改変を可能とするという共通点を見つけたトーマスはその事件を追う。全ては世界を消し去るためだ。だから、何に対しても言うのだ。「問題ではない」と。そんな中、殺人の目撃者として助けた一人の少年が彼の運命を大きく変えていく。人の出会いは、未来はあらゆる因果が絡み合った果てに生まれる唯一無二の結果である。だから人はそれを熱力学上の奇跡と呼ぶ。全ての命が、出会いが、熱力学上の奇跡なのである。彼との出会いも、トーマスがバットマンになったことも、マーサがジョーカーになったことも、全てがかけがえない奇跡なのだ。ブルースが両親を失った痛みによってバットマンになったように、バリーが母の死からフラッシュになったように、過去の喪失や痛みさえそれを形作っており、なくては成り立たないものなのである。奇跡の上にこの地獄はあるのだ。最終局面でトーマスは岐路に立たされる。二つの未来から選ぶこと。歴史を変え、全てをなかったことにすること。もしくは、この痛みを、出会いを抱えてこの悪夢のような世界を生きていくことだ。その選択を、決着を、ぜひ読んで欲しい。私はそこに祝福を得た。それは未来無き物語への祝福だ。会えなくなっても、きっと物語は続いていく。カメラの外でもキャラクターは生き続ける。そんな希望を読者に与えてくれる。そんな作品である。勿論、DCEUへの、それだけではなく看取ってきた数々の物語への未練は尽きないが、どこか救いを得ることができた。きっと彼らは生きて、戦い、そして未来をつかみ取っていくのだ。そんな希望を思い描くことができた。会えなくても繋がっているし、愛した事実は消えない。例え世界が無くなったとしても。

終わりに

 いかがだっただろうか。本作は去年描かれた作品なので、DCEUを意識はしてなくもないだろうがそこまでリンクしているわけでもない。だが、私は勝手に感動し救われたのだ。もしこれを呼んでいる人にも同じ薬が必要ならおススメする。陰鬱で救いのないフラッシュポイント世界にバリーアレンという光が現れる前作から打って変わり光無き世界であがく者共の混沌と狂気を描き、常に陰鬱で救いのない閉塞感のある本作ではあるが、その中にある一片の救いと美しいラストシーンの光景が心にマイナスを抱える者にとっては希望となるはずだ。是非読んで欲しい。
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 それでは、私にやる気があればまた会おう。だが覚えておいてくれ。会えなくても私はどこかで生きている。生きているのだ。


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