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宿命を突き抜ける~アンドリュー·ニコル『ガタカ』感想~

もう既に多くの人達によって語られている作品であるけれど、初めて視聴した。そして、言わずもがなとても素晴らしい作品だと感じた。

全てが遺伝子によって決定されている近未来の社会。デザイナーズベイビーで、容姿端麗で健康的な遺伝子を作り出せる。顕在化した差別はなくとも、予め良い遺伝子で産まれた人間と不完全な遺伝子の人間が全てにおいて区別されている。

そのようなデタラメな社会に自然妊娠で産まれたヴィンセントは、産まれた時から心身共に不健康で、心臓病で30歳までに死ぬとされている。しかしながら、ヴィンセント(イーサン・ホーク)は、宇宙飛行士という最も優秀な遺伝子を持って産まれた人間の中に紛れ込み、人を欺き、宇宙へと向かうのである。


予め全てが決定されているという不可能な社会。全ての熱狂が終わってしまった倦怠の時代。もう今の社会がそうなっていると言える。性的合意を証明するのにアプリが用いられるような時代なのだから。

そして、この時代には優秀な遺伝子の人間の方に、寧ろ倦怠感が蔓延している。モロー(ジュード・ロウ)は優秀な遺伝子を持って産まれ、オリンピックで銀メダルをとれる様な男である。にもかかわらず、素面で自殺未遂を図ったのだ。

エリートは、全てが決定されていることの倦怠と優秀さから踏み外すことの恐怖のなかで孤独を生きている。遺伝子の物差しでしか自分自身は存在せず、遺伝子の優秀な人間の中にも優劣があるという複雑さを、無知な群衆は理解していないのだから。


ヴィンセントも、幼い頃から常に劣等感に苛まれてきた。父ですら彼の人生を諦めていて、優秀な遺伝子を持つ弟からは見下されている。

しかし、ヴィンセントはその宿命の中を突貫し、もがきながら生きるのである。自分の肉体も、職業も選択できなかった男は、その不自由を間断なき飛翔によって目一杯に生きるのである。

モローへのなりすましを卑怯だと思う鑑賞者もいたかもしれないが、私は全くそうは思わなかった。なぜなら、ヴィンセントが出来うる限りの選択を、しかも優秀な人間は払う必要のない苦痛を代償として払う選択を選んだのである。

宿命から逃避し、破壊するだけの日々に終わりを告げて、"しかし、こうもあり得る"ということを証明させるための熱量を注いでいく必要があるのではないか。

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