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唯一くり返し読んだレシピ


我が家のレシピと台所事情


我が家には沢山の料理のレシピがある。
私の本棚には、1年分の「NHKきょうの料理」。
大学を卒業した年に、別居の祖母が毎月買い溜めて与えてくれたものだ。
実家の台所には、母が若い頃によそで教わって手書きしたり貰い受けた数々のレシピが厚いクリアファイルに綴じられている。いつ購入したのか、市販のレシピ本も何冊かある。

それなのに、私も母も、レシピをみて作るのは最初だけで、気が付くとレシピのない料理ばかり作っている。同じ献立でも作るたびに分量が違う。味が違う。その時あるもので食べたいものや作りたいもの、作れるものを作る。勿論、成功したり失敗したりする。

レシピの持ち腐れもいいところである。我が家は基本的に女性陣しか台所に立たない家庭なのだが、代々女系で台所事情に嫁姑問題が勃発してこなかったことにも起因するのかもしれない。

家庭事情はさておき。

こんな私でも、唯一何度もくり返し読んだレシピがある。子どもの頃に手に入れて、今でもずっと本棚に大切にしまっている。数年おきに読み返しては童心を思い出し心が洗われるような気がする。

それは「大おばさんの不思議なレシピ」だ。




大おばさんの不思議なレシピ


「大おばさんの不思議なレシピ」
柏原幸子作、児島なおみ絵。
偕成社から出版されたファンタジー小説である。

月刊MOEに1989年から1991年にかけて連載された短編集に作者が手を加えて一冊にまとめられたもので、初版は1993年。後年増版されたものを何の由縁か小学生の頃に買ってもらった。

主人公は、不器用で家庭科が大の苦手な中学1年生の女の子、美奈。不器用さは母親譲りで、そんな母親はというと「いまはなんでも買ったほうが、おいしいし、安いし、洋服なんて形もいいわ。家庭科コンプレックスなんて古いわよ。気にすることないって。」(p8) と言う。それでも何か作れるようになりたいという美奈に、母親から見たおば、美奈にとっての大おばさんからもらったレシピがあることを思い出して渡すのだ。

大おばさんのレシピには、縫い物から料理までありとあらゆるレシピが挿絵入りの手書きで記されていて、どれも不思議な名前をしている。

実際に美奈が作り、章のタイトルにもなっているレシピは「星くず袋」という刺繍入りのベルベットの巾着。「魔女のパック」というクレープ生地。「姫君の目覚まし」は生姜を絞らずにすりおろして入れただけの生姜湯。最後は「妖精の浮き島」というプチトマトとマッシュルームを切らずに乗せたピザ。

不思議なのは名前だけではない。それらを作った美奈は出来上がったものを手に不思議な空間へ転移してしまう。そこにはドクムマという人物がいて、レシピにある品物を、求める人の元へ届ける役割を負っていた。ドクムマは、品物が出来上がるたびにその時々の事情で美奈ごと届け先へ転移させる。彼女はそこで一癖も二癖もある人物たちと様々な体験をすることになるのだ。

不器用な美奈がレシピに倣って作ったものはどれも少しずつ失敗していた。星くず袋は縫い目が甘く、魔女のパックは生地を寝かす時間を省いたために未完成、姫君の目覚ましは普通の生姜湯を作ろうとして手抜きをした結果で、妖精の浮島はひどい出来だと笑われていた。
美奈は、物語の最後まで、料理や裁縫の腕が上達しない。更に、もっと器用になりたいと思った矢先、お腹が空いたからハンバーガーでも買ってこようと考えて終わる。


多くの児童書やファンタジー小説の例に漏れず、異世界での不思議な体験を通して主人公が成長する、という基盤がこの物語にも存在している。しかし、各章がどんなストーリーで、美奈がどんな体験をしてどう成長したと言えるのか。それを知り考える楽しみは読んだ人の特権なので割愛。


冒頭で、童心を思い出し心が洗われるような気がすると書いたが、本当は少し違うのだ。
本の登場人物たちも、私も私の母や祖母も、ちょっとダメなところがあって、でも何も出来ないわけじゃない。そんなことは分かりきっていたはずなのに、知らぬ間に閉塞感を感じている時がある。
器用でも不器用でも料理を作ることは楽しいし、料理はレシピ通りに作るのもアレンジを加えるのも自由だろう。作らず買って済ませたっていい。
この本を読むとそれを思い出して、こと料理や家事に関しては少しだけ気が楽になるのだ。

私を少しだけ解放してくれるレシピ、それが「大おばさんの不思議なレシピ」なのである。






・・余談・・

レシピを持ち腐れていて家庭の味なんてものは存在しない我が家だが、唯一、おふくろの味として思い浮かべられるものがある。

幼い頃に何度も食べた、焦げたバースデーケーキだ。

鍋でスポンジを焼くのだが、底面を焦がさないことの方が少なかった。上下でカットする時、あまりにも焦げがひどい時は削っていた。削るというか切り落としていたのだが、削るという言葉の方が適切なくらいに焦げたこともあったのだ。カットした下段の生地にはイチゴチャムを塗り、しっかり泡立てたホイップクリームと缶詰の黄桃やみかんを挟む。上段の生地を乗せたら全体にホイップクリームを塗って、上にはイチゴや黄桃をのせ、アラザンやカラーチョコスプレーをふりかけた。
出来上がったら冷蔵庫へ。

粗熱を取ってから塗っていたはずなのに少しゆるんだ甘ったるいホイップクリームと、焦げてほろ苦い生地に沁みた甘いイチゴジャムの味を、今でもはっきり覚えている。





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