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寅次郎能登七尾線の旅~男はつらいよ番外編 【春弦サビ小説】

 


 わたくし京都の宿屋で雪女に騙され、半ば幽霊となって宇宙をさ迷っておりました。
 しかしいつまでもこうして宇宙をぶらぶらしている訳にもいかず、つい望郷の念に駆られて地球へ戻る回送列車に飛び乗ったのでございます。
 わたくしの故郷と申しますのは東京葛飾柴又江戸川のほとりでございます。
 今頃故郷に残したたった一人の肉親のさくら、その夫の博はわたくしを心配してるに違いありません。
 甥っ子の満男は、遠く沖縄の孤島で医者をやっていると聞いております。


 リリーから貰った地球行きの切符を握り締め、北十字駅から銀河鉄道に乗っていたら、いつの間にかうとうと一眠りしてしまったみたいです。
 ガタンゴトンと列車の揺れる音で目を覚まし、うっすら目を開けてみると、窓の外には満開の桜並木が右から左へ流れていきます。
 ついさっきまで星の輝く宇宙の暗闇を走っていたばずが、いつの間にか地球に戻ってきたみたいです。
 しかし一体ここはどこなんでしょう?日本にゃ違いありませんが皆目見当もつきません。
 辺りを見回すとちょうどわたくしの右隣に、長い黒髪を赤いリボンで結び、袴を履いたお嬢さんが座っていましたので訊いてみることにしました。


「ちょっとそこのお嬢さんよ。ここは一体どこなんだい?」
「何おじさん?知らないで乗ってたの?ここは能登七尾線だよ」
「へ~じゃ日本海側だね。俺も随分旅をしたけどこの辺に来るは久しぶりだなあ」
「いいとこよ~。景色もいいし食べ物もおいしいしね。おじさんはどっから来たの?」
「俺かい?まあ言っても信じて貰えねえだろうけどよ。遥か宇宙の彼方にある北十字駅ってところから、銀河鉄道に乗って来たのよ」
「何それ~?まるで宮沢賢治の銀河鉄道の夜みたいじゃん!」
「銀河鉄道の夜?そんなもんは知らねえけど車掌の名前がたしか宮澤さんだったなあ。じゃああの人が宮沢賢治さんってのかい?」
「ふふふふ。おじさんわたしをからかってるでしょ~」
「いやあ本当だって。元はといえばよ。京都の宿屋で雪女に騙されたのがことの始まりよ」
「え?雪女って本当にいるの?」
「それがいるんだよ。お嬢ちゃんみてえに色の白いきれいな女だったなあ。ありゃ人間とそっくりだから人に紛れて暮らしてるみてえだな」
「へえ。それでその雪女とどうなったの?」
「具合が悪そうだからよ。俺の泊まってる宿屋に連れてって酒を飲ませたのよ」
「お、やるねえおじさん」
「そしたらよ。その雪女、俺に惚れたと言ってな。互いに近づく顔と顔と……」
「いいねいいねえ」
「そしてとうとうその雪女と接吻したのよ」
「よっ大統領!」
「そしたらす~と気が遠くなってな。いつの間にか俺の魂は体を抜けて銀河鉄道に乗っちまったのよ」
「へえ随分面白いことがあるのね」
「それでまあ暫く宇宙を旅してたんだかよ。妙な因果でまた娑婆に戻ってこれるようになったと、こういう訳よ」
「なんだか夢みたいなお話ね」
「まあなあ。お嬢ちゃん、俺は今度のことで一つ学んだね」
「なになに~?」
「ことわざでよ。馬鹿は死ななきゃ治らないってのがあるだろ」
「うん、国語で習ったよ」
「あれは真っ赤な嘘!馬鹿は死んでも治らないというのが本当さ。俺が証拠よ。何せ一遍死んだんだから」
 そう言って自分の顔を指差す寅次郎。
「あははは。なによそれ、おっかしいわ~」
「一遍文部大臣に会って直して貰わねえとな」
 腹を抱えて笑う娘。
「……そうかい面白いかい。そりゃよかった。ところでお嬢ちゃん、名前はなんてんだい?」
「わたし、詠音サク。詠む音と書いてヨミネに桜って書いてサクって読むんだ」
「へえ、サクちゃんってのか。サクといやあ俺のたった一人の妹の名もさくらってんだ」
「へえそうなんだ。会ってみたいな~。ちなみに次の駅の別名がさくら駅だよ」
「そりゃいい巡り合わせだな」
「おじさんはなんていうの?」
「わたくし姓は車名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」
「そっか。じゃあ寅さんでいいね」
「あいよ」
「寅さんはこれからどこ行くの?」
「俺の故郷、東京は柴又さ」
「東京か~。いいな~私も行ってみたいな」
「サクちゃん、東京が好きかい?」
「うん、わたしね。いつか東京行って歌手になるのが夢なの」
「へえ歌手かい。そりゃあ大したもんだよカエルの小便、見上げたもんだよ屋根屋のふんどし。粋な姉ちゃん立小便ってな」
「ふふっ。やだ寅さんたら」
 寅次郎の肩を叩くサク。
「こりゃあ大変失敬しました。……で、どんな歌を歌うんだい?周りに誰もいねえから歌ってみねえ」
「ま、色々作ってるんだけどさ。例えば『春は希望』って歌……」
 そう言ってサクは歌い出した。


「へえ中々いい歌じゃねえか。声もよく通るね。サクちゃんなら、今にきっと立派な歌手になるよ」
「うれしい。そうやって誉めてくれる人いないからさ。なんかやる気が出るよ」
「うん頑張れよ。歌手になったらおじさん、いの一番に観に行くからな」
「うんもっともっと練習して上手くなるよ。デビューしたらきっと寅さんを招待するからね」


「次は~能登鹿島~。能登鹿島~」車掌が次の駅をアナウンスする。
「あ、この駅で降りなきゃ」
「おう気ぃつけてな」
「うん寅さんもね。色々ありがとう」
「おうそれからな。もし東京に来て困ったことがあったらよ。葛飾柴又のとらやってとこを訪ねるんだぞ。俺の妹夫婦が団子屋やってるからな。二人ともいいじじいとばばあになったけどよ。きっと力になってくれるから」
「うん親切にありがとう寅さん」
「あばよサクちゃん。達者でな」

 サクが電車から降りると、一枚の花びらが外からすーっと漂ってきて、寅次郎の前にふわりと落ちた。



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