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旬杯リレー小説B転の続きの続き

「笑ったね!あたしの本気を笑ったね!!」
僕は必死になって事情を説明した。
「なんだ。そういうことか。ウケるね。舌出し運動なんて。」
そう言って彼女はチラッと舌を出した。
僕も真似して舌出してふたりして腹を抱えて笑った。
それから彼女はコンクリの階段の所に座って身の上話を始めた。
「あたしさ、シンガーソンガーになりたくて家を出てきたんだ。高校も中退してバイトして金貯めてもう3年になる。路上ライブしたりしてさ。」
「それはすごいですね。」
「やっと金貯まってこれから上京するとこ。でも途中でこの町いいなと思って電車降りたんだ。この町いいね。いい曲書けそう。」
僕はこの町があまり好きでなかったので意外な気がした。
高校はひとつ。スーパーは2軒。TSUTAYAもスタバもないし図書館だってボロボロだ。
「君さ、もし暇だったらこの町案内してくれない?駅前のます屋に泊まってるから。」
僕も夏休みは暇だったし、このお姉さんに多少なりとも興味があったので快諾した。
「サンキュー。じゃ頼むわ。あ、そういば名前言ってなかったね。あたしはあざみ。」
「僕は日向(ひゅうが)でございます。」
「じゃひゅーくんだね。」
あざみさんはスマホを持ってないので明日の午後ます屋でって言ってその日は別れた。
とても変わった1日だったのでその日の日記はたっぷり5ページ分書いた。

次の日僕は半島になった町の外れにある岬の灯台にあざみさんを案内した。
灯台を見た彼女は持ってきた画帳を開き絵を描きはじめた。
「あたしさ、絵もけっこう得意なんだよね。曲が売れなきゃ画家になろうかな。」
彼女の描く海は金色に光っている。
「ほら、これ飲みな。」
彼女は飲みかけのソーダを僕にくれた。
あ、間接キスだ、と思ったけどワイルドな彼女は気にしないらいし。ので、飲んだ。
それから駄菓子屋で買ってきた溶けかけのガリガリ君を食べながら彼女の話に耳を傾ける。
「~だからさ。聞いてる?ひゅーくん。」
「はい、聞いてますよ。夜中の3時に呼び鈴が鳴って玄関開けたら魚みたいな宇宙人いたんでしょ?」
「そうそう。」
「多分夢だと思いますけどねー。」
「そんなことないって。ほら、証拠。」
そう言って彼女はスカートからはらりと白いくるぶしを突き出し
だ。よーく見るとかかとのところがぷくっと膨れている。
「これさ、魚の宇宙人にUFOに連れ去られたとき何か埋め込まれたんだよ。隣の部屋にはりんご農家の木村さんいたし、アメリカ人のスーザンさんもいたよ。アンビリーバボーに出てた。」
彼女の言ってることはよく分からなかったが、青森でりんごを無農薬栽培してる木村さんというおじさんがいて、連れ去られたUFOで会ったという。
木村さんも連れ去られたことを本で書いてるらしい。
後で調べてみよう。
そのとき食べたガリガリ君があたりだったことはなんとなく言いそびれてしまった。

彼女は昼間絵を描いたり、曲を作ったりして過ごし、夜は町に3軒しかないスナックで自分の曲を歌ってダダでお酒を飲ませて貰ったり、居酒屋のおばちゃんと仲良くなって忙しいとき店を手伝って賄いを貰ったりしていたらしい。
そして僕は時々彼女と会って町を案内した。
魚くさい魚市場や大島にある亀山、出るって噂のホテルの廃墟など。
あざみさんはいつも駄菓子屋でソーダ水とうまい棒とガリガリ君を買って付き合ってくれたお礼にと僕にくれた。
ガリガリ君を食べながら海へと続く坂道を下りながら彼女の話に耳を傾けた。
霊感?の強いらしい彼女の不思議な話の数々。芸術論や人生哲学なども聞いた。
年上の友達というか人生の師匠みたいな感じだった。
僕が俳句を作ってると言うと「へえすごいね。」とほめてくれた。
「ねえ一句作ってみせてよ。」
「うーん。急に言われてもなー。」
ソーダ飲んでるあざみさんを見て急にひらめいた。

ソーダ飲むきみは真夏のモンスーン

おろらく季重なり?だろうけどあえて。
僕はメモ帳に俳句を書いて渡した。
「うわー。ありがとう。ホンマに作ってくれたんだねー。モンスーンってあたしかよ。ふふっ。」
彼女は曲も出来たし、もうそろそろ町を出ると言うのでせめて花火大会まで居てくださいと引き止めた。

そして花火大会の夜、彼女が町を出る前夜、ます屋の縁側に座ってふたりで花火を観た。
蚊取り線香の両端に火を付けて。
僕はソーダを飲みながらこの光景を俳句にしようとおもった。

ひと夏のページの終わり遠花火

きっとあざみさんも歌詞を考えていたんだと思う。
彼女は最後だからと、今までのお礼にこの町で出来た曲も含め自分の持ち歌を披露してくれた。
新曲の名は「夏へ駆けろ」。
ささやかだけど観客は僕だけのとても贅沢なライブ。
遠くで花火が光りあざみさんの横顔を照らした。

そのとき僕はそれが恋だとまだ知らない。


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