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マーシャ戦記④ 第一種戦闘配置

 ワームホール発生装置で発生させた時空の穴を亜光速で移動するマーシャの宇宙艦隊。
地球を発ってから1ヶ月が過ぎようとしていた。
目指す大マゼラン星雲惑星ポラリスまで約一年半の行程である。
途中何もない宙域はワームホールで短縮移動し、星々の密集した場所では巡航速度に戻って宇宙地図を作成しつつ地球型惑星がないか調査する予定である。
今のところ敵性異星人に遭遇することもなく順調な航海を続けていると言えた。
変わったことと言えば氷を多く含む小惑星を発見し、掘削して艦隊の生活用水として補給したことぐらいだ。

 旗艦スピッツの司令室でマーシャヴェリンスキー宇宙艦隊司令長官とハンスブリューゲル中将がチェスに興じている。
航海が順調過ぎてマーシャにも厭きがきていた。
ブリューゲルはマーシャが旅団長時代からの参謀で銀髪長身の美形である。
チェスの腕前ではマーシャと拮抗している。
「はあ。せっかく神がこのマーシャに地球の支配権を与えられたというのにその地球があと30年しかもたないとわね~」
「何を仰るマーシャ司令。これは天命でしょう。……といってもあなたは地球の救世主なんてキャラではないですけどね」
「ん?それはどういう意味ブリューゲル?」
「神は次々試練を与えるものです。あなたには地球の支配者なんて小さすぎる。宇宙をお獲りなさいマーシャ司令」
「う~ん。おまえもそう思うの?じゃ宇宙獲っちゃおうかな~」
「ええ。そうなさいませ。滅びゆく地球を救う悲劇のヒロインよりずっといい」
「マーシャの宇宙征服作戦……か。でもでも~。正直めんどくさいのよ。異星人相手なんて勝手が違うし。なんか征服欲が湧かないな~。第一陸軍士官学校出の私が艦隊の指揮官なんてねえ」
「私だってそうですよ。でも半年間みっちりシミュレーションしましたしなぜかビルくんが艦隊運用は任せてくれって言ってますし」
「ああ、ビルくんのはアレよ。昔プレステ2で提督の決断ってゲームをやってたから艦長任せて下さいって言ってただけなのよ」
ガクッと崩れ落ちるブリューゲル。
「まあ旧各国海軍の艦艇はクマさん星人の攻撃でほとんど沈んじゃったから経験者がいないのはしょうがないんだけどね」
「そもそも宇宙艦隊なんて人類初の試みですもんね」
「うん、よくぞ五年ここまで出来た…といいたいところだが正直286隻は少な過ぎるね」
「なるべく無用な戦闘は避けたいところです」
「うん、出会った異星人とはなるべく友好関係を築きたいものだ。ユミさんならテレパシーで会話ができるかもしれないね」
もし地球よりも文明の発達した異星人と遭遇したら彼らと同盟を結び貿易によって技術供与してもらうのが今回の遠征のもう一つの目的であった。
「まあ大艦隊の司令官ってのも悪くないけどね。天才マーシャちゃんの指揮する艦隊戦も見物だね」
「マーシャ司令。お遊びじゃないんですから」
その時、突然部屋の上部に設置されたスクリーンにビル艦長が現れた。
「マーシャ司令。先遣艦隊のハヤト少将より入電です。偵察に行った無人機サイウンが何者かに攻撃されて撃墜されたようです」
「はあ。そうは問屋が卸さぬようだな」
マーシャは常にこれから進む宙域を12隻のキタカミ級宇宙巡洋艦から編成させた先遣艦隊に哨戒させていた。
「いかがします?」
「先遣艦隊はその場で待機。周囲を警戒しつつ第一種戦闘配置。我々もすぐそちらへ向かう」
「了解しました」
「ビル艦長今すぐ先遣艦隊の宙域へワープだ」
「はっ」
「それから…6隻の空母から機動猟兵を半数の180機ほど出してみるか…サイウンが偵察に行ったあの小惑星には異星人の基地があるかもしれないからね。指揮官は…アカイ大佐に任せよう」
「いいんですか?彼をいきなり実戦に出しても」
「ああ彼は優秀な指揮官だからね。お手並み拝見といきますか」


 ワームホールを使って先遣艦隊の宙域にワープした宇宙艦隊は6隻の空母から機動猟兵180機を出撃させた。
消息を断った無人偵察機サイウンはここから5千キロ離れた小惑星M21を調査しに行く途中だった。
もしこのM21に異星人の基地があった場合攻撃してよいと言われていた。
180機の機動猟兵がアカイ大佐の乗った真紅の隊長機を先頭に飛行する。
やがてサイウンが消えた座標に到着した。
「…どうもおかしいな。この辺りでサイウンが消息を断ったはずだが…」
「アカイ大佐。敵どころか撃墜されたサイウンの残骸も見当たりませんね」
「どうも当てが外れたようだな」
「いかがします?このままあの小惑星まで行ってみますか?」
「いやあそこに異星人の基地はないだろう。おそらく敵は撃墜したサイウンの残骸を回収分析しているようだ」
「ということは…」
「この短時間に跡形もなく消えたということは敵もワープ技術を持っているのかもしれん」
「だとしたらやっかいな敵ですね」
「ああ今すぐ戻るぞ」


 宇宙艦隊

 旗艦スピッツのメインブリッチに来たマーシャとブリューゲルは3D立体宇宙地図を睨んでいた。
予定ではそろそろアカイ隊が小惑星M21に到達しているはずた。
果たして異星人の基地はあったのだろうか?
「先行したアカイ大佐より入電。サイウンの残骸は敵が回収した模様。敵はワープ技術を有するおそれあり」
「なんだって!」
「どうしますマーシャ司令?」
「ちっ。どうも油断したようだ。罠にかかったのはマーシャのほうだ。総員第一種戦闘配置。宇宙空母は残りの機動猟兵をB装備のまま全機発進!」
「了解!」
「第二艦隊はシールドを展開し空母の護衛に」
「了解しました」
「……見てブリューゲル。武者震いだよ」
「マーシャ司令…」
よく見るとマーシャは小刻みに震えていた。こんなマーシャを見るのはブリューゲルも始めてだ。
いつも堂々としていてどんな窮地に陥ってもそれを楽しんでいるかのように余裕のある態度を崩さなかったマーシャ。ブリューゲルもそれを信頼してここまでついてきたのだった。
きっと今度だってなんとかしてくれるはず…不安に駆られながらもそう思い直すブリューゲルだった。
「ビル艦長シールドを…」
マーシャが言い終わらない内にオペレーターが悲鳴を上げる。
「レーダーに反応!周囲に巨大な葉巻型UFO出現。艦隊の周りをぐるっと囲んでいます。その数…およそ900隻!」
「ちっ。まだ機動猟兵が発艦してないというのに。…ブリューゲル!敵の手薄な箇所はどこだ?」
「はっ。…我々から見て右舷の敵が手薄かと」
「よし面舵いっぱい」
「おもーかーじ!」艦長のビルが復唱する。
「左砲戦用意」
「左砲戦ヨーイ!」
「左魚雷戦用意」
「左魚雷戦ヨーイ!」
「最大戦速」
「最大センソーク!」
「まだだ。まだ撃つなよ。最初の一発は必ず敵に撃たせるのだ」
「ヨーソロー!」
「ユミさん!敵とコンタクトできますか?」
さっきからマーシャたちの隣にいたドワーフのユミは指を組んでじっとテレパシーを試みている。
「ダメです。ノイズばかりで声が届きません」
「無駄か…」
「マーシャ司令、先遣艦隊より入電です。…ワレコレヨリ突入セントス」
宇宙空母を中心に輪形陣を組むマーシャ艦隊の前方では12隻の巡洋艦隊が単縦陣で警戒態勢に当たっていた。
「ハヤト少将…」
「先遣艦隊…会敵します」


【続く】



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