シュレーディンガー 守りし力 3話「立ちはだかる亡霊」

島内の南部にある、研究所職員用の住宅地域。

その一番奥、職員用の住宅とは一つ区切ってある場所に、数戸の簡易用の議員宿舎がある。

簡易用とは名ばかりで、宿舎には備え付けの家具や家電は当たり前。
玄関を入ると、一番奥にカウンターキッチンを備え付けたリビングダイニング。
その周りに部屋が三つあり、一つは議員の寝室用でもう一つは、その秘書用の寝室。
最後の一つは、主にゲスト用の寝室という豪華な造りになっていた。

そんな議員宿舎で、火桐は台風のために島を離れることができず、ここで一晩を過ごそうとしていた。
三人掛けのソファにもたれ、タバコを吸っている火桐。
ガラスの灰皿がおいてあるテーブルを挟んで、台風情報を流している大画面の薄型テレビを見ながら秘書の言葉に耳を傾けていた。

「先生。現時点で、悪天候のため全ての移動手段が使えなくなってしまいました。ご不自由でしょうが、今日は、ここでお過ごしください」
「……まあ、仕方あるまい。雨も酷くなってきたようだ。明日の朝一番で戻れば議会には間に合うだろう」

秘書がリビングを立ち去ろうとした時、不安に駆られ、火桐に質問した。

「あの……、先生」
「ん、何だ?」
「今回の件。明朝後には、たいへん重大な事件として取り上げられると思います」
「まあ、そうなるだろうな」

秘書とは対象的に、火桐はいたって冷静だ。

「たぶん……、証言者は現れないでしょうが、関係者の一人として早い段階で捜査の手が伸びてくるのでしょうね」

火桐は、秘書の質問に答えを用意してきたかのように即答して見せた。

「何を言い出すかと思えば。考えてもみたまえ、私はシュレーディンガーの推進派でありプロジェクトメンバーの一人なんだよ。そんな私に疑いの目が向けられるわけがないだろう」
「しかし……」
「心配するな。最悪の場合を想定して、すでに手は打ってある。明日は早いぞ、さあ早く寝ろ」

火桐の言葉に促されて寝室に向かう秘書。

秘書を送り出した後、降り始めた雨に誘われるかのように立ち上がって窓の方に向かう火桐。

「保護プログラムは、私の手元にある。これで、私以外はシュレーディンガーを動かすことはできん……」

火桐は心の中で確信し、満面の笑みを浮かべていた。
そこへ、全身ずぶ濡れになった手下の男二人が、血相を変えて入ってくる。

「騒がしい!一体何事だ」
「せ、先生!出たんです」 
「あ?何が出たんだ」
「お、俺もこの目で、はっきりと見たんです!」
「だから、何を見たんだ!」
「……亡霊です!」

男の言葉に、首をかしげる火桐。

「確かに、見たんですよ。俺たちの前に腕だけがヌウーっと出て」
「その亡霊は、俺たちに、あそこから早く立ち去るよう、何度も忠告してきたんです」

火桐は、吸っていたタバコをテーブルに置かれたガラスの灰皿に押し消した。

「それで、二人仲良く、一目散で逃げ出してきたのか!」 

二人の男達を、力いっぱい蹴り飛ばす火桐。 

「馬鹿か、お前らは!亡霊が怖くて、人殺しができるか!どうせ、二人そろって夢でも見ていたのだろう。……話にならん」

男達は立ち上がり、不満そうに部屋を出て行こうとする。

「……でもな、あれは一体何だったんだろう」
「あ、あれか。俺たちの銃弾が、女の前に突然現れた光の壁のような物の中に」
「そうそう、まるで弾が砂のように吸い込まれていった……」

二人の男の話に、敏感に反応する火桐。

「おい、お前ら!今、何て言った?」
「あ、ですから、銃弾が……」
「砂のように吸い込まれていったと」
  
火桐は、改めて男たちに問いたした。

「……ところで、お前ら例の女は始末してきたのか?」
「先生、何度も言わせないで下さいよ」
「その女を殺ろそうとして。こんな怖い思いしたんですから」
「……間違いない、シュレーディンガーだ!あの老いぼれめ、何を仕掛けていきやがった!」

「な、何?この大きな音……」

施設裏手の森の中にある災害用の地下シェルター内で、玲子は研究施設へ向かう大きな音に不安を感じ始めた。

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