【短編小説】少女の独白

 「どうにか、勝たせてあげたかったんです。」

 後に語られたそれは、10を少し越えた齢の少女のものである。下瞼に溢れそうなほどの水をためて、だが必死に溢すまいと、固く震える頬に力を入れていた。あどけなさの残る表情は、それでも真剣だった。

 彼女は、クラスメイトの運動靴の靴紐に、カッターで切れ目を入れていたらしい。百メートル走、強いスタートダッシュで溝を深めたそれは、持ち主をゴールに運びきれずに千切れた。持ち主は顔面をグラウンドに叩きつけ、固い砂地でやすられた。鼻の骨を折り、右の頬は擦られた時の熱で爛れた。今でもその痕は、鮮明に残っている。

 その運動靴の持ち主は、あまり裕福ではない家庭に属していた。運動靴もお下がりで、靴紐が切れたことにも、古いから仕方がなかったのだと、困った顔で笑うばかりだった。彼女は勉学はそこそこだったが足が速く、私立の名門に特待生推薦を控えていた。

 その名門校への進学を目指す少女がいた。陸上部ではいつも2番手だったが、決して遅いわけではない。その学校にいる監督に師事したいが、本校からのスポーツ推薦枠はもう既に埋まっている。勉学はギリギリ手が届くかどうかというところで、この大会を最後に、受験生へと移り変わるところだった。

 大会には、靴紐の持ち主を特待生に決定した名門校の監督が顔を出すとの噂だった。本校の推薦枠は埋まっているが、高校としての枠はまだ空いているらしい。もし活躍できれば、目に留めてもらえるかもしれない、と、少女は淡い期待を親友にこぼしていた。靴紐に傷をつけた少女が、その親友であった。特待生に選ばれているクラスメイトは、奇しくも走順が一緒だった。目に留まるという言葉が、一番を取る事だと考えたのかもしれない。

 少女は、独断での行いであったと、静かにこぼした。卒業式を次の日に控えた、凍えるほど寒い日の夕方だった。

 少女の犯行を聞いたのは、一人の新人教師だった。まだ二年目で、少女と年も近かったことが、少女の口を開かせたのかもしれない。少女は地元の高校に通うことが決まっている。顔に大きな傷を持つ、クラスメイトと一緒に。


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