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詩「今は そこに誰も」



話の中で繰り返された故郷の情景が
今 私の目の前に広がっている
頭の中で思い描いたイメージとは
かなり異なっていた
土が盛り上がり 古い小屋があった
あなたの故郷は今 誰かの駐車場となっている

大きな木に引き寄せられる様に前に進む
大木だから何の木かと思ったら椿の木だった
私の身体は 今 空っぽになる
目から入ってきた鮮明な赤が 私の身体を占領する
多分 私の血液と混ざった気がする
木の幹に手が触れると身体がボワっと熱く燃え上がった様な気さえした

二人の姉妹は思い出話に花を咲かせている
ここの土が 混ざり合う肥料の匂いが二人を無垢な少女に帰している
思い出を知らない者達には 大きな声で繰り返される会話も神聖な秘密となる
土に落とした いつかの汗が二人をあの日に連れ戻している
少女になった二人は快活で活発で ぐるぐると回っている
畑に出て行ったまま なかなか帰って来ない
空から 大勢の兄妹と一人で育てた母親と早くに別れた父親が手を振っていた
風は止まっているのに 雲が流れるのが異常に早かった

私の影は足から離れ 椿の大木に登っていた
お転婆だから 流れ行く雲を掴もうとしていた
会わせる事などできないのに
そもそも顔も白黒写真で一度見ただけなのに
瞼を閉じても思い出せないほど薄っすらとした記憶を繋げようとしていた
そういう所が厄介者なのかもしれない
時間は待ってはくれないものだ
急かされるように車に乗り込む

目に焼き付けようと後ろを振り返ると
遠くに見える草むらが手を振っていた
風が戻ってきたのかもしれない
かつていた大勢の人の面影などもなく
車が進むと
土の匂いがする他人の駐車場にすっと戻る

大木になった椿の木が時の流れを無言で示す
今は そこに誰も…



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