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ショートショート「心の鏡」


朝、目が覚めて、洗面所の鏡で寝ぼけた自分の顔を見る。
これが、ほぼ毎朝の私の日課。
今日も、鏡の中の自分の顔を見る。
若さゆえの浮腫みきった自分の顔が一番嫌いだ。
(うわ…。最悪…。)
昨日は、顔に何も出来ていなかったのに、今日の私の顔の右側には、冬の大三角の様なニキビが3つも出来ていた。
中学生だから、メイクで隠す事も出来ない。
この最悪な状態の素顔のまま、学校に行かなくてはならないのだ。
(地獄だ…。)
青春時代は、時として残酷なものだ。
(今日、嫌な予感しかしないわ…。)
案の定、朝食を食べながら観た、お目覚ましTVの占いコーナーでは、私の蠍座はドベだった。
「今日も気を付けて、元気に行ってらっしゃい!!」
私の憧れの美人アナウンサーの美声だけが、部屋に響いていた。

教室に着くなり、三人の男子に声を掛けられる。
見られたくないと俯く私の顔を、男子達は、容赦なく覗きこむ。
「うわ…。お前、冬の大三角形かよ!」
やはり、そうきたか…。
嫌な予感というものは、的中する。
「星座女!!」
星座女って…。何やろな…。
男子達は、手を丸にして両目に当てて、私を覗き見ている。
「天体観測〜。」
男子は、まだまだ小学生みたいやな。
「天体観測って、それ双眼鏡やろ?望遠鏡やないん?普通…。」
私がツッコミを入れると、男子達は悔しそうな顔をした。
「う…うるせぇ。いちいち細けーんだよ!」
私は、男子が急に可愛く思えて、思わずプッと吹き出して笑ってしまった。
「な…なに笑ってんだよ…。」
男子達は、耳まで真っ赤になっていた。
ますます、このクラスでの威厳が無くなっていた。

女子のグループは、私に聞こえない様に、ヒソヒソ話をしていた。
私にとっては、普通の光景だった。
昔から、一部の女子とは気が合わなかった。
私は、どちらかと言えば、男子と気が合った。
男子は、目に見える様に行動する。
女子は、陰に隠れて行動する。
誰にも分からない様に…。
私は、それが苦手だった。
自分は、正々堂々としていたかった。
それが、一部の女子からの反感を買っていた。
私の方をチラッチラッと見ながら、女子達が話を続ける。
「…男たらし…。」
話の前後は、分からないが、確実にそう言っていた。
普段は、女子達のヒソヒソ話は、全く聞こえないから、今日は、声のボリュームを間違えてしまったのだろう。
私が、反論をしようと思った矢先にチャイムが鳴った。
私は、モヤモヤとした気持ちのまま、自分の席に戻るしかなかった。

授業中も先程、女子達に言われた言葉の意味ばかりを考えていた。
私は、誰とも付き合った事はないし、関係を結んだ事もない。
普通に接していただけなのに、男子と話をしていたというだけで、そんな風に言われるんだ。
いや、言われていたんだ、ほぼ毎日。
何だか、悔しくもあり、恥ずかしくもあり、複雑な感情。
コーヒーに入れたミルクみたいに、胸の中で、ぐるぐると渦を巻いている。
一気に飲み干す事も出来ないし、持て余すしかできない。
私は、先生が真剣に丁寧に黒板に書いた白い文字を睨みつけた。
その度に、顔の右側に出来てしまった″冬の大三角形″がヒリヒリと傷む様な気がしたのだった。

「ただいま。」
玄関のドアを開けると母の声がした。
「おかえり。」
母は、私の声を聞くなり言った。
「今日、なんか嫌な事あったやろ?」
母にだけは、昔から、隠し事が出来なかった。
私の声を聞いただけで、何でもお見通しなのだ。
多分、推測やけど、母の前世は、魔女かエスパーだと本気で思う。
「何でも…。」
私が否定すると、母は、台所からひょっこり顔を出した。
「嘘つけ。いいから話してみ!話しただけでラクになるから…。」
私は、今日の出来事の一部始終を母に話した。
母は、優しく、真剣に、真面目に私の話を聞いてくれた。

私の話が終わると、母は、私の手を引いて、洗面所に連れて行った。
そして、二人で鏡の前に立った。
「あんた、今、自分の顔を見て、どう思う?」
私は、鏡に映った自分の顔をまじまじと見た。
「冬の大三角形が、化膿しちょる。痛そう。今にも、爆発しそう。」
母は、私の横顔を見つめる。
「ああ、ニキビ?冬の大三角形って上手い事言うやんって、そういう話やなくってね、あんたの表情や。」
私は、もう一度、まじまじと鏡に映った自分の顔を見つめた。
「私の顔や。それ以上でも以下でもない。」
母は、私の言葉を聞いて、ため息を吐いた。
「はぁ〜。自分では、何も気付いてないんやね。よう聞き。あんた、あの話をしてから、ちっとも良い顔してない。目つきは悪いし、最悪や。凄い、キツい顔してるよ。」
母にそう言われて、鏡の中の自分の顔を見た。
そう言われてみたら、鏡の中の自分の顔は、明らかに不機嫌やし、凄く意地が悪そうな顔をしていた。
「た、確かに、確かに…。何でやろ?」
母は、私の胸に手を当てた。
「心の鏡が曇ってるからや。あんたは、まだまだ良い人間やない。言われた事が悔しかったんならな、その子達が、そんな事を言えんくなる位の人間になってみぃ。誰も文句が言えんくなる位の人間に…。悔しかったら、心の鏡を磨いてピカピカにするんよ。そしたらな、誰もそんな事は、言えんくなるから…。」
私は、正直ショックだった。
母に、そんな事を言われるとは夢にも思わなかったから…。
母は、陰口を言っていた子達の方が悪い。
私は、何も悪くないと言うものばかりだと勝手に決めつけていた。
そしたら、洗面所に連れて行かれ、その子達の批判をしていた私の顔が、心が悪いと言うなんて…。
でも、今の私の顔は、確かに美しくはなかった。
今のドロドロな心みたいに、醜かった。

私は、今まで気付かなかったのだけど、自分の都合の悪い部分は、全て他人のせいにしていただけだったのかもしれない。
そうして、自分自身は、全然悪くないと心に蓋をしてしまっただけかもしれない。
そして、自分で自分の心の成長を遅らせていただけなのかもしれない。
成長期で、背は、身体は、勝手にどんどん大人になって行くのに、心の成長は、自分自身の手で止めていただけかもしれない。
今日やっと、その事に気付く事ができた。

「でも、大丈夫!今日の蠍座のラッキーアイテムは、鏡です!!今日も気を付けて、行ってらっしゃい!!」
私は、お目覚ましTVの女性アナウンサーが朝占いコーナーで言っていた言葉を今、唐突に思い出した。
(ラッキーアイテム、当たってんじゃん。)
鏡と言っていたので、手鏡だと思い込んでいた。
まさか、洗面台の大きな鏡だったとは…。

私は、鏡を見ながら、自分の顔の右側に出来た悪しきニキビ、″冬の大三角形″に手を当てた。
私の気のせいかもしれないけど、心なしか、膿が引いていった様な気がする。
2、3日もしたら、この悪しきニキビも、私の心のモヤモヤも、消えてなくなりそうな、そんな予感がした。
まぁ、ニキビは、手強いから、そんなうまくはいかないかもしれないけどね!

















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