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ショートショート「博多豚骨ラーメン男子」


今日、大将のお店が閉店する。
長年、地元に愛された名店だ。
僕の頭上には、曇りのない青空が広がっている。
温かい太陽の光が、この店に降り注いでいる。
僕は、今日、家族と共に黄色い暖簾をくぐる。
しあわせの黄色い暖簾が、風に吹かれて揺れている。
僕は、このお店にいると、しあわせを感じていた。

ー社会人1年目。
夜勤明けの一杯。
自分の限界ギリギリまで仕事を頑張って、やっとの思いで、食べる事が出来る至福の時…。
僕は、フラフラになりながら席に着き、この店の名物である、豚骨ラーメンを注文した。
しかし、僕に運ばれてきた物は、注文した豚骨ラーメンに加え、白飯という名の珍客。

僕は、疲れて朦朧もうろうとした、回らない頭の中で必死に考える。
もしかして、間違えて、ラーメンセットを注文してしまったのだろうか?
大将に尋ねると
「こうちゃん、顔色ワリィよ。確かに、麺ならズルズルッと体の中に入っていきやすいけどよ。ちゃんと、飯を食った方が良いよ。若えからって、簡単なモンで済ませちゃあ、駄目だ。」
大将のその言葉を聞いて、僕は、運ばれてきたラーメンセットを改めてよく見てみると、白飯の隣の小皿に、沢庵と梅干し、キュウリの浅漬けがのっていた。
僕は、大将の温かな気配りや想いに感動しながらも、困惑した。
「こんなにたくさん…。大将、ダメですよ。商売なんですから…。お金は、ちゃんと払います!!」
すると、僕の言葉を聞いた大将は、自身のほっぺたに人差し指をつけて、ニカッと笑いながら、
「こうちゃん、笑って、笑って!」
と言った。
大将の笑顔は、平和を祈っている様な、恵比寿様みたいな優しい優しい笑顔だった。
「ほらっ!こうちゃん、硬いよ。まだまだ…LOVE &ピースッ!!!」
僕は思わず、大将の笑い顔につられて、笑ってしまった。
大将は、僕の笑った顔を見て、頷いた。
「そうそう…。スマイルいただいたんで、白飯と漬物は、無料タダで良いよ。」
大将は、歯を見せながら、ニカッと笑った。
僕は、大将の提案に笑ってしまった。
「大将!!普通は、逆ですよ!?マクドナルドとかでは、店員さんが、スマイル0円とかで、笑うんすよ。」
と僕が説明すると、大将は、
「うちは、笑顔コレで白飯と漬物が0円になる。そこが、他の店と違うとこだな。」
と笑った。

僕の席の近くに座っていた、常連客のサラリーマンの男性が、僕達二人のやり取りを聞いて
「じゃあ、大将!俺も笑うから、ラーメン、無料タダにしてくれよ!」
と満面の笑顔で言った。
すると、そのサラリーマンの言葉を聞いた大将は、
「お代は、コッテリいただきます!」
と頭を下げ、サラリーマンの前に両手を差し出して、お代を戴く格好をした。
その大将の面白そうな様子に、サラリーマンの常連客は、笑いながら、
「豚骨なだけにね!ごちそうさま!!」
と律義に、オチまでつけると、大将にお代を払い、颯爽と店を去って行った。
僕は、このサラリーマンの常連客は、僕に遠回しに、″大将の恩は、有り難く受け取るもんだ″と言っている様に感じた。
僕に白飯と漬物の代金は、払わなくて良い様に二人は、笑いに変えてくれたのだった。
お店の雰囲気が、より一層温かくなった。

僕は、この二人のやりとりと大将の優しさに胸が熱くなった。
今日は、仕事でボロボロになり、足元もフラフラでおぼつかなかったけど、良い一日の締めくくりとなった。
家に帰ったら、グッスリと眠れる気がする。
人と人との言葉のキャッチボールって、なんか良いもんだなぁ。
しあわせというものは、こうして、人と人との間に、ゴロゴロと転がっているものなのかもしれない。

大将は、あれからずっと、僕に″しあわせのボール″を沢山、投げてくれた。
この店での日々が、僕にとって、生涯忘れられない大切な宝物だ。

そんな″しあわせの黄色い暖簾″のお店も今日で閉店だ。
大将は、厨房で、いつもより忙しそうに働いている。
僕は、豚骨ラーメンを三杯注文した。
すると、大将は、僕の娘に、ラーメンの消しゴムのオマケを持ってきてくれた。
「大将、ありがとうございました!」
と僕がお礼を言うと、大将は、いたずらっぽく無言でウインクをした。
「いただきます!」
家族三人で、豚骨ラーメンをすする。
美味しい…。
このスープには、大将の優しさ、思いやり、温かさが溶け込んでいる。
僕の身体、細胞の一つ一つに、沁みわたる。
大将、本当にありがとうございました…。

僕は、このお店で、ちゃんと食事をして、コミュニケーションをとったら、人は、しあわせになると学んだ。
大将とこのお店の思い出を胸に刻みながら、今度は、僕が家族二人をしあわせにする番だ。
特に、娘には、嫌われない様に、隠れて愛情コッテリに育てようと思う。
あ…。
豚骨なだけにね!!

外では、″しあわせの黄色い暖簾″が風に揺られて、たなびいていた。
僕は、大将のお店との別れを惜しみながら、心の中で、この光景を胸に焼き付けた。
いつまでも、忘れない様に…。

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