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ショートショート「クリスマスの虹」


今年の冬は珍しく暖かかった。
季節というものを身も心も勘違いし始めた頃、何の足音もなく、冷え切った風が、突然冬を連れて来た。
身体に沁みた寒気が、私をハッと元の現実の世界に還したのかもしれない。
私は、最近1年間以上勤めていた会社を突然辞めた。
大卒で入社したので、現在23歳。
はっきり言う。
もう、限界だった。
若い時に見える人生は長い。
それなのに、私は、早々に躓いてしまった。
誰も褒めてくれないので、自分で言うが、よく1年以上も続いたなと思う。
(私が辞めた会社は、一般的に言うブラック企業だ。)
私は、部屋のソファに、ちょこんと座り、私の右手で、自分の頭を優しく撫でてあげた。
そして、軽く息を吐いた。
今は、実家暮らしで、次の会社に就職するまでの充電期間という事になっている。
因みに、親戚の人には会社を辞めた話は、していない…。

突然、叔母が我が家を訪問した時は、家族中で、かなり焦った。
母の咄嗟の判断で、私は大慌てで車で出掛け、駅の駐車場に車を停めて、叔母が家に帰るまで
ただボーっとするだけの時間を過ごした。
そんな時は、私は、ふとこんな所で一体何をしているのだろう?と思った。
外は晴れていたのに、私の世界は真っ暗に感じた。
そんな時は、突然涙が、とめどなく溢れてくる。
私は、自分の人生を一体どこで間違えてしまったのだろうか…??
携帯を見ると、母からメールが届いていた。
もう、家に戻っても良いという事だった。

家に帰ると、母は
「おかえり。」
と一言だけ言った。
私は、帰ってこられる家があるだけ、マシだと思った。
私は、俯きながらも、
「ただいま。」
と一言返した。

私は、実家で、ひたすら長い長い時間を過ごした。
その中で、私は、ふと自分の卒業アルバムを眺めていた。
あの頃の自分は、不器用な顔で笑って写っていた。
学生時代は、本当に良かったなぁと溜め息を吐きながら思う。
私は、学生生活を上手くやれていた様な気がする。
少なくとも、今よりは…。
そんな中、わたしの夢という自分で書いた作文が目に入った。
読んでみると、あの頃の自分の気持ちが沸々と蘇ってきた。
私は、いつの間にか夢という存在を忘れていた。
夢に向かう努力もせずに、目先の安定を選び、就職活動をしていた。
その結果が、これだ…。
私の中で、何かが変わり始めた瞬間だった。

今日は、クリスマスイヴ。
街のイルミネーションは華やかで、人々は浮かれ、大いに楽しんでいる事だろう。
一年前までの私は、そうだった。
でも、今の自分は…??
今日は、一日中家にいたいと初めて思った。
今の私には、イルミネーションや人々の輝きが眩しすぎると思った。
家族と普通にクリスマスパーティーをして、寝た。

翌朝、朝早くに母に叩き起こされた。
「早く、起きて!!クリスマスの朝に虹が出てるよ!!」
母の言葉に、私は飛び起きた。
そして、スマホを片手に玄関を飛び出した。
曇り空ではあったものの、私の目の前には、大きな虹が浮かんでいたのだ。
私は、感動で泣きながら、スマホで写真を撮った。
「サンタさんって、本当にいたんだ…。」
私が泣いていると、目の前を小学生達が通っていた。
小学生低学年位だろうか?
可愛い女の子だ。
「お姉さん、大丈夫??」
私の涙を見て心配してくれたのだろうか…。
「心配かけて、ごめんね。これは、感動の涙だから…。サンタさんって本当にいたんだね…。」
私が話し掛けると女の子は笑顔で、こう言った。
「サンタさんはね、世界中の子供達に、夢のカケラをプレゼントしてくれているんだよ!!」
女の子の瞳は、宝石みたいにキラキラしていた。
思わず吸い込まれそうだ。
私は、本当に素敵な事を言うなぁと感動してしまった。
サンタクロースが配っているのは、プレゼント(物質的な物)ではなくて、子供達の信じる力や女の子が言う様に夢のカケラなのかもしれない…。
私も小さい頃は、自分の夢を大切にしてきた。
でも、大人になるにつれて、いくつもの大切な物を置き去りにしてきた。
何かを信じる気持ちを忘れていた…。
私は、女の子と笑顔で別れた。

私は、クリスマスの虹を見上げながら、保母さんになる為に、挫折したピアノをもう一度…。
今日から再開しようと心に決めた。

久しぶりに、ピアノの重たい蓋を上にあげて、一音だけ鍵盤を押してみた。
質素な部屋に高い音だけが響いた。
他の人には、たったの一音でも、私には、希望の音に聴こえた。



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