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ショートショート「軌跡」



今、私の目の前には、誰の目にも見えない、透明な高い壁がある。
私自身が、勝手に感じている事なのだけれど。
多分、これは、きっと、いつかは乗り越えなくてはいけない″人生の壁″だ。

現在、高校二年生の私は、正直言って、自分のクラスに仲が良い友達がいない。
昼休みのお弁当タイムでは、クラスメイトの女子三人と一緒に食べているのだが、仲が良い三人は、いつも連れ立って、購買へパンを買いに行ってしまう。
弁当持参なのは、私一人だけだ。
だから結局、三人が教室に帰ってくるまでは、机をくっつけたままの状態で、私一人で、黙々と弁当を食べる事になる。
この時間が、思った以上に辛い。
楽しげに弁当を食べている他のグループの幸せそうな声を聞くだけで、孤独感が増して行く。
誰も私の存在を気にしてはいないが、なんか背中の辺りに、このクラスの人達の視線が刺さっている様に感じているのである。
そして、その時私が感じる教室の空気は、いつも凍っているのである。

女子は、体育の授業でバレーボールをする事になった。
チームはあらかじめ先生が決めていたので、何だかホッとしてしまった。
ちなみに、いつもの三人は同じチームになって、私だけ別のチームになった。
私は、心の中で、お昼休みの購買部派と弁当派だな…とポツリと呟いた。

私は、運動が苦手だ。
ただ、走るだけなら良いのだけれど、技術がつくと全く上手くいかない。
不器用で鈍臭いのだ。
ちっとも様にはならないけれど、出来る限りの努力はする。
根は、一応、真面目です。
その事が同じグループのバレー経験者に伝わったのか、彼女は、凄く優しく丁寧に教えてくれる。
確か、名前は、牧本さんだ。
「そうそう、良い感じ。その調子だよ!」
「ドンマイ、ドンマイ!!」
牧本さんの声は、透き通った綺麗な声だ。
そして、時折、体育館に優しく響く。
ただ、私がボールを受けるのが下手すぎて、両腕が赤くなって、じんじん痛んだ。
家に帰りつく頃には、あざになりそうだ。
でも、チームに迷惑はかけたくないので、必死に練習を頑張った。
ただ、努力を重ねれば、簡単に上手くなるとは限らないのが、この世の不思議だ。
私のバレーの技術は、一向に上がる事はなく、私は、いつまでも、私のままだった。

そうこうしている内に、体育の授業の上での、バレーの試合の日になった。
牧本さんは、私達のチームのリーダーになった。
明らかに、不安そうな私に牧本さんは、声を掛けてくれた。
「リラックス、リラックス!大丈夫、カバーするから、のびのびして!!」
牧本さんの笑顔に応える為に、私は心の中で密かに気合いを入れた。
私は、ネットに背を向けて、ボールをあげる役割をする事になった。
私が上手くボールをあげたら、牧本さんが必ず相手コートに返してくれるはずだ。
私は、ただ、ボールをあげれば良い。

そうは、頭の中では理解はしていても、実際はなかなか上手くいかないのが、この世の常だ。
私の球は、コートに当たったりして、牧本さんに上手く繋ぐ事が出来ない。
それでも、牧本さんは、相変わらず笑顔で接してくれる。
その事が、私には、辛かった。
また、私の所にボールが飛んで来た。
私は、一生懸命にボールを返した。
バスッ。
何かの音がして、一瞬辺りは静寂に包まれた。
その後、体育館は、割れんばかりの大歓声に包まれた。
私は、一体何が起きたのか分からなかった。
牧本さんは、興奮して、私の肩をバンバンと叩き
「凄いよ!あんたの返したバレーボールの球が、バスケゴールに入ったんだよ!!」
と私に親切に教えてくれた。
私は、一瞬固まった。
え…??
何それ…。どういう事だ…。
先生が笑う。
「こりゃ、バレーの授業じゃなかったら、一万点あげたいところだな。」
一万点って…。
私が返したバレーボールの球がバスケゴールに軌跡を描いて、見事に入り、ある種の″奇跡″を起こしたのだ。
私は、ネットに背を向けていたから、その″奇跡″を目撃してはいないけど。

私が起こした″奇跡″のせいで、バレーボールの試合自体は、グダグダな感じになってしまった。
ここまで一生懸命に練習してきたクラスメイトには、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
しかし、牧本さんは、笑いながら私に言う。
「人生に、絶対にこうじゃなければいけないっていう正解なんてないんだよ。なんか、今日、いつもの授業よりも、ワクワクしたよ。ありがとね!!」
牧本さんの声の優しい響きが、やけに私の胸に沁みた。

私の意思とは反して、私が打ち上げたバレーボールは、ネットを軽々と越えて、バスケゴールに吸い込まれて行った。
私は、ふと思った。
私に、本当に壁はあったのかな。
もしかしたら、自分自身で勝手に作り上げただけだったのかもしれないな。

「今日のバレーの授業、凄かったね!!」
昼休みになった途端に、いつものメンバーの一人に話しかけられた。
私自身も、あの白球の様に、高く、青くでも飛び上がれ!!
「うん。あのね…。」












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