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【002】プロの見る世界

「何考えてるの?よくそんな事できるね。」

と妻からは呆れられる。
喧嘩をしているわけではない。
普段私はポーカーフェイスな節があるが、それを謗られているわけでもない。
私がロードバイクに何時間も乗れるのが不思議で仕方ないそうだ。

例えば、よく行く奥多摩まで往復六時間前後。
日没までには帰宅したいので、午前中の出発が必須となる。
朝食後、九時に出発するとして、帰宅は十五時。
自転車に乗らない日に、この時間帯にするであろう事を考えてみる。

 9~11時  :読書、ネットサーフィン
 11~13時:昼食準備、食事、片付け
 13~14時:読書、ネットサーフィン
 14~15時:愛娘との散歩を兼ねた夕食の買い出し

探偵の推理の伏線を読み返したり、アスリートの運動を妄想して息を切らしたり、株価の動向に一喜一憂したりと大忙しである。
しかしその実、昼食、夕食の献立を考える以外には恐らく頭を使っていない。

一方で、自転車に乗っている間には実に多くのことを考えている。

行先の雲行き(雨に打たれてまで乗りたくない)、
帰宅後に何を食べるか(高カロリーのものを食べても運動で帳消しである)、
家系ラーメンの「家」とは何のことなのか(幹線道路を走ることが多いのでラーメン屋がとにかく多い)、
インド料理教室に通い始めてからパクチーが食べられるようになったことの回顧(奥多摩は木々に溢れている)。

頭を使うときは甘い物を欲することが多いように、運動中は食全般に思いを馳せてしまうようだ。
このような刹那的な欲求のことしか考えていないため、日常において「何考えてるの?」と急に訊ねられると返答に困り、「あー・・・、えー・・・」と口ごもってしまう。

先日、現役プロ自転車選手の自伝を読んだ。
勝利が掛かったゴール間際には何を考えているか、と訊ねられていた。
歓声は聞こえなくなり、ただ真っ白な無の世界が広がるそうだ。
集中力が極限まで高まると、そのような世界が見えるのかもしれない。
まさに、その道のプロフェッショナルである。

ならばと、極限まで集中したカレー作りを妄想する。
プロ選手も、ゴールまでの道中は集中していないわけではないが、「極限まで」集中するのはゴール間際だそうだ。
カレー作りで最も集中するタイミングはいつだろう。

(1)スパイスを計量する時
(2)野菜の下拵えの時
(3)玉ねぎを炒める時

(1)の場合、スパイスが計量皿に落ちる音が聞こえず、真っ白な世界が広がる。
恐らくパウダースパイスしか使っていないのだろうが、ヒーングや塩が多すぎである。
配合を見直す必要がある。

(2)の場合、包丁で野菜を切る音が聞こえなくなり、真っ白な世界が広がる。
恐らく貧血を起こしたので、休憩する必要がある。

(3)の場合、炒める音が聞こえなくなり、真っ白な世界が広がる。
恐らく強火で炒めすぎて、玉ねぎが完全に焦げてしまっている。
部屋中が煙だらけになっているだろうから、すぐに換気する必要がある。

極限まで集中してカレーを作ると、どうやら美味なカレーは作れないようである。

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