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短編シナリオ『#15 俺全然寝てない』

先輩「今日俺全然寝てないわー」
卓也「そうなんですか、どれくらいですか」
先輩「三時間くらいかな、ずっと観ようと思ってリストに入れてたアニメ、観始めたら止まらなくてさ」

先輩、前のめりになって話し始める。

早紀「私の方が眠れてないのに」
萌子「早紀」

萌子、早紀の肩を叩いて睨む。
早紀、静かに俯く。


萌子「とんかつ定食二つ」
店員「はい、とんかつ定食が」
早紀「あ、とんかつ定食一つで、かけ蕎麦一つ」
店員「とんかつ定食一つと、かけ蕎麦一つですね。お待ち下さい」

会社から少し離れた所にある定食屋。建設会社が近くにあるため、昼時は早紀と萌子のようなOLよりも、屈強な男性達でいっぱいになる。

萌子「とんかつ定食じゃなくて良いの?」
早紀「あー、うん」
萌子「なんで」
早紀「昨日寝てなくて。食欲無いの」
萌子「だから先輩のこと」
早紀「三時間なんて眠れてる方だよ。私は三十分」
萌子「大学生みたい。宅飲みしてやらかした後の一限」
早紀「それは萌子でしょ、あっつ」

早紀、湯呑をテーブルに置く。

萌子「大学の時もいたわ。俺全然寝てないって言ってたやつ」
早紀「いた。それも一人じゃない。俺も俺もってどんどん増えていくの」
萌子「あれのオチってなんだったっけ……」
店員「お待たせしましたー」

とんかつ定食とかけ蕎麦が置かれる。

萌子「食欲無いやつは蕎麦すら食べないけどねー」
早紀「食欲無いから食べたくない自分と、睡眠不足だから栄養付けないと午後働けないだろって自分もいるの。その二人に挟まれた結果、蕎麦を選んだんです。いただきます」

萌子「……そういえば先輩、この前のプレゼンの時も「俺全然準備してないわ」って言ってた」
早紀「あ、それ聞いたかも」
萌子「卓也に話してたもん。早紀の隣でしょ?」
早紀「そうそう。わざわざ近くに寄って」
萌子「ああいうのって大学生でも嫌われるのにね」
早紀「学生のうちに気付かなかったんだろうね」
萌子「何を?」
早紀「その発言、イタいって」

萌子、笑いながら手にしていた味噌汁をテーブルに置く。

萌子「でもなんであんなことしちゃうんだろうね」
早紀「まあ皆通る道な気がするしね。私もどこかの時代でやってたんだろうな」
萌子「テスト勉強全然してないわ、とか」
早紀「今日メイクしてないわ、とか」
萌子「してるのに」
早紀「してるのにね」

萌子、とんかつを一口食べる。
早紀、かけ蕎麦を啜る。

早紀「何もやってないけど出来ましたっていう振り幅への優越感?」
萌子「ずっと100やってるやつより、0のやつが100叩き出した方が良く見えるってことか」
早紀「勉強嫌いなヤンキーがテストで満点取ったり」
萌子「落ちこぼれの弱小校が強豪校と対決して優勝したり」
早紀「……めちゃくちゃ努力してるよねそれって」
萌子「……そうだね。まあ、ヤンキーと弱小校は、全然努力してない、とは言ってないけどね」


早紀「……先輩が帰るところ、見たことある?」
萌子「ん?」


早紀「先輩って、誰よりも会社に残ってるよね。あと、誰よりも早く会社来てるよね」
萌子「……でも、俺なんもやってないって言ってるよ」
早紀「上手くいかなかった時の保険とか」

早紀、萌子と目を合わせる。

萌子「可愛い」
早紀「可愛いね」

玄関の扉が開く。

先輩「あれ、ここにいたんだ」

早紀・萌子、玄関の方を振り向く。
玄関には、先輩と卓也が立っている。

萌子「先輩」
先輩「お疲れー」

先輩・卓也、隣の席に座る。
早紀・萌子、ニヤける口を隠す。

早紀「……先輩」
先輩「ん?」
早紀「最高です」
先輩「……ん?」
萌子「ご馳走様です、マジで」
先輩「……え、なんで俺払うことになってんの?」
早紀・萌子「ご馳走様です!」

早紀・萌子、先輩に向けて深くお辞儀をした。

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