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短編シナリオ『#4 人に言われたくない言葉を考える』


「」会話、『』メッセージ




昼時12時半。
サラリーマンで賑わう定食屋のテーブル席で、早紀と萌子は人気メニューの「季節の焼き魚定食日替わり味噌汁付」を頼んでいた。周りの客もほとんどそのメニューを注文している。

男1「あ」

早紀は声が聞こえた右のテーブル席を見た。
萌子は味噌汁の蓋を開けるのに苦戦している。

サラリーマンが2人、30代後半くらいの男性と20代前半くらいの男性が座っている。

男性1は、男性2の焼き魚を見つめている。

男2「え?」
男1「それ、そこからいくんだ」
男2「そこ、っていうのは」
男1「焼き魚。頭の方から食べるんだ。たい焼きもそうやって食べるの?」
男2「えっと」
男1「いや良いんだよ?別に良いんだ、人が焼き魚を食べる場所なんて。でもさ……そこから行くんだ」
男2「はあ……」


早紀は萌子を見た。
萌子は味噌汁の蓋を開けて飲んでいた。

早紀「あ、今日ネギとお揚げだね」
萌子「この前なんだったっけ」
早紀「ワカメと豆腐」
萌子「ああー、美味しかったね」

早紀と萌子は、味噌汁を飲む。

早紀「ねえ」
萌子「ん?」
早紀「聞いてた?隣の」
萌子「隣の?」

早紀は持っていた箸で焼き魚の頭をつつく。

早紀「それ、そこからいくんだー」

萌子「……何それ」
早紀「さっき隣のサラリーマンが後輩っぽい人に話してたの。後輩が魚の頭の方から食べるの見て、ああ、そこからいくんだねって」
萌子「……言ってたかも」
早紀「で。別に良いんだけどね、人の食べ方なんか。でも、そこからいくんだーって」
萌子「繰り返した」
早紀「繰り返しました」
萌子「ダブルパンチ繰り出した」
早紀「繰り出したね。嫌だよねーその言葉」
萌子「そんなに言われる機会あるかな」
早紀「ずっと前に、上司を助手席に乗せた時に、裏道じゃなくて大きな道通ったの。慣れてない場所だったし、迷う方が迷惑かけるかなって」
萌子「うん。醤油取って」

早紀は萌子に醤油を手渡した。

早紀「そしたら、ああ、そっちいくんだって言われて。取引先が近いからそこらへんの道に詳しかったらしくて。細い道通り過ぎてすぐに言われたの。コンビニで買った、自分で淹れるタイプの珈琲飲みながら」
萌子「んー。じゃあ先言えよって話だ」
早紀「そうなの。早めに教えてくれたらそっち行ったじゃん」
萌子「自分は知ってるけど君は知らないんだねマウントね」
早紀「そういうこと。上司なんだから私より知ってるなんて当たり前じゃん」
萌子「そうだね。そのラリーがこの定食屋でも行なわれていたわけか」

萌子はサラリーマンが座っていたテーブル席を見つめる。
アルバイトの女の子が食器を綺麗に片付けて、2人がいた痕跡すらなくなった。

萌子「私、それよりも後の言葉の方が嫌」
早紀「後?」

萌子は箸を置いた。

萌子「いや、別に良いんだけどね。俺は別に良いんだけどね」
早紀「あー」
萌子「良いんだけどねってさ、良いって思ってないじゃん」
早紀「思ってない。絶対思ってない」
萌子「だけどってついちゃってるから。本音出ちゃってるから」
早紀「焼き魚はしっぽから食べて欲しいし」
萌子「大通りじゃなくて裏道通って欲しがってるじゃん」
早紀「なんでちょっと控えめなフリするんだろう。俺は良いって思ってないこと言って」
萌子「ハラスメント防止的な?」
早紀「人の行動にケチつけてる時点でハラスメント防止は出来てないね」
萌子「あ、これってセクハラかな?ってもうセクハラだからね」
早紀「これはパワハラじゃないから!もパワハラね」

早紀は焼き魚の腹を割った。
萌子は水を飲んで店員に注いでもらった。


早紀「人に言われて1番言われたくない言葉って何?」


萌子は少し笑って、味噌汁を啜った。

萌子「それ、人生半分損してますよ」
早紀「あー」
萌子「セロリが食べられないからって、夢の国に行ったことが無いからって、となりのトトロ観たこと無いからって、人生半分も損しないでしょ?」
早紀「セロリ食べなくても生きていけるし、家に帰って楽しい事もあるし、となりのトトロより千と千尋の神隠しの方が面白いよ」
萌子「そっちも観たことないよ」
早紀「え?それは人生半分損して、」

萌子は早紀を睨んだ。
早紀は喋るのを止めて水を飲んだ。
萌子も水を飲んだ。

萌子「早紀は?言われたくない言葉」
早紀「落ち着け」
萌子「ん?」
早紀「まあまあ落ち着けって。な?」
萌子「……あ、それ昨日同期に言われてたよね。あの」
早紀「同期だけどそんなに話したことない、仕事出来ない奴」
萌子「長丁場になりそうな仕事だけうちらに回してくる奴」
早紀「要点だけ話してやってんのに、それも理解出来ないからって感情ぶつけてるみたいな扱いしてくるわけ」
萌子「そんなに感情的になるなって、宥められて」
早紀「理論的に話しても分かんない奴に言われてたまるか」
萌子「まるでこっちが暴走して、それを止めてるみたい。こっちが悪者扱いされてる」
早紀「女が全員感情だと思うなよ」
萌子「すいません、お冷もらえますか?」

店員が水を持ってくる。
萌子は自分と早紀の分の2つのコップを手に取り店員の前に置いた。

早紀「人を下に見てる感じが無理なのかもね」
萌子「あとは女性だからって差別してるとか」
早紀「あー会社戻りたくない」
萌子「帰ったらまた同期と取っ組み合いだもんね」
早紀「今日は仕事回してきても絶対やってやんないから」


男3「やってあげようか?」


早紀と萌子は、右のテーブル席を見る。男女が1人ずつ座っている。

女1「大丈夫ですよ。自分で出来ますから」
男3「良いから」

男3は女1の味噌汁の蓋を開ける。

男3「女の子が火傷したら大変だから。上司の僕の責任だから」
女1「先輩……」

早紀と萌子は目を合わせてから、スマホを手に取った。

早紀『顔あんまり見えないんだけど誰似?』
萌子『玉木宏とディーンフジオカが混ざった顔』
早紀『え?どことどこを混ぜるの?目はどっち?鼻はどっち?』
萌子『えっと、目は玉木寄り、鼻は。』
早紀『口は?あ、結婚してる?』

萌子「とにかく!」

早紀、男3、女1、驚いて萌子を見る。
萌子、我に返ってスマホを操作する。

萌子『かなりイケメンってこと』

早紀、萌子を見る。

男3の左手の薬指が銀色に光っていた。


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