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写真の廃墟

「この廃墟高校生くらいのときに行った記憶はあるけど、
どこだったかちっとも思い出せないんだよね」

そう言って写真を見せる前に、彼は場所を答えた。
よく覚えてるねと驚いても、そりゃあ覚えてるよと涼しい顔をしている。
いつもそうだった。
誰かが思い出せないことをいとも容易く記憶のどこかから引き出してきて
忘れてしまったこちらの頭が悪いような気持ちにさせる。
だがそれが彼のいい所で、いつもみんな頼りにしていた。

そんな彼があれよあれよという間に、何も思い出せなくなる姿を
私はただ見ていることしかできなかった。
大量の水を含んだ崖から少しずつ地面が崩れ
ある瞬間岩や木も巻き込んで崩壊する様に似ていた。
もう記憶どころか文字を書くことも話すこともできなくなった彼が
まだ私の話を聞いて理解できていると信じて他愛もないことを話しかける。
今日道を歩いていたら猫に通せんぼされたとか
小学校の金網になぜかDinosaur Jr.のGREEN MINDのTシャツが
ハンガーにかかってぶら下がっていたとか。
彼は聞いているのかいないのか分からない虚ろな目でじっと私を見ていた。

話のネタが尽きた頃に
「そういえばさ、どこで撮ったか思い出せなかった廃墟の写真あるじゃん」
もう覚えてないか、私が付け加えたときに
「覚えてるよ。高校生のときにいったとこでしょ」
と、長らく意味のある単語を発しなかった彼の口から
はっきりとした言葉が聞こえた。
「あそこ取り壊されてなくなったってニュースで言ってた」
私はそう言おうと思ったが心に留めておいた。代わりに
「さすが、よく覚えてるね」と大げさに声を上げると、彼は焦点の定まらない目で私の方を見ている。

ただほんの少し嬉しそうだった、私はそう思いたかった。

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