韓国文学の読書トーク#01『菜食主義者』
「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載が始まります! 語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間の田中佳祐さん。
お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?
田中:こんにちは。この連載では韓国文学の魅力を読書会のような雰囲気で、田中と竹田の二人がお伝えします。
竹田:僕たちは韓国文学に詳しいわけではないのですが、だからこそ、これから手に取ってみようかなと思っている人たちの背中を押せるような紹介をしていきたいなと思っています。
田中:僕らは、これまで池澤夏樹編集の「日本文学全集」(河出書房新社)を全部読む読書会とかやってきましたけど、シリーズ丸ごと読むってなかなか充実した体験ですよね。
竹田:そうそう。自分一人で読むなら別に好きな巻だけ摘んで読んでもいいんだけど。1から順番に網羅的に読む楽しみを体が覚えちゃったので、韓国文学もクオンからシリーズが出ているので、全部読んじゃおう!と思い企画しました。
田中:というわけで、今回紹介するのは、「新しいの韓国文学」シリーズの一冊目『菜食主義者』(ハン・ガン著、きむ ふな訳)です。
田中:じゃあ竹田さん、あらすじを教えてください。
竹田:『菜食主義者』は、3つの中編「菜食主義者」「蒙古斑」「木の花火」で構成されている連作小説です。それぞれの作品で主人公(視点・話者)が異なっているのですが、とある家族のお話になっています。中心となっているのは、ある日突然菜食主義者となったヨンヘ。ヨンヘの姉、夫、義理の兄たちは、やせ細っていく彼女へなぜ肉を食べないのかと問いますが、彼女は「夢を見たから」と繰り返すばかりなのでした。
田中:一見すると悲劇的なストーリー、「肉を食べない」という強迫観念に取りつかれてしまったヨンヘと家族が壊れてしまう物語に読めるんだけど、それだけではない。
竹田:そうですね。ついつい悪い癖で、「菜食主義になる」ことを社会問題に直面する人のメタファーとして読もうとしちゃった。けど、読み進めていくと、あたりまえの日常から逸れていくヨンヘの周囲にいる人、つまり自分のことを「普通」だと思いこんでいる人の異常性を描いている物語だった。リアルを追求した、ドキュメンタリーなんじゃないかと思いました。
竹田:田中さんはどうでした?
田中:僕は、抑圧に対する批判的な視点がとてもとても面白く読めました。例えば、ヨンヘはステレオタイプな夫や家父長的な父から高圧的な態度をとられています。姉のインヘも家族として役割を強いられています。当たり前ですが、出てくる登場人物には全ての属性があります。それは性別だったり芸術家・エリートサラリーマンという職業だったり、母や子という家庭の役割だったり。
竹田:人間という存在を含む動物だったり、草木のような植物だったりね。
田中:そういった役割に依存したい欲望や解放されたい欲望について書かれているように思えました。そして、この欲望から急速に解放されようと足掻く登場人物もいれば、少しずつ変化する登場人物もいる。
竹田:常に誰かが誰かを支配しているように見える構造がヒリヒリします。そしてこれが現実の構図ですよね。現代社会の中で人間でいる意味を問われている気がしました。
竹田:僕はこの作品を読んでいて、伊井直行の「ヌード・マン」(『愛と癒しと殺人に欠けた小説集』講談社)という小説を思い出しました。
田中:それはどんな話なんですか?
竹田:主人公は中年男性で、密かに裸で外を歩き回ることで開放感と緊張の快楽を得ているんです。ある日、とうとう捕まりそうになって逃げている途中で、唐突に「木」になってしまうんですが、これが決して悲劇じゃない。
田中:『菜食主義者』でも、ヨンヘが植物になりたい願望をもってるかのような描かれ方をしていますね。上半身裸になり日光を浴びて、光合成をしているみたいなシーンがでてきます。
竹田:「ヌード・マン」の裸になることが地球と一体化したい気持ちや動物性からの開放とかそういうテーマは似ている気がしたんですよね。「菜食主義者」の元になった植物になっちゃう女性が主人公の短編小説「私の女の実」のイメージがあったのかもしれない。決定的に違うのは、実際に木に変身してることなんです。
田中:『菜食主義者』は植物に変身しようとするけど変身できない話ですが、「ヌード・マン」は本当に植物になっちゃう話なんですね。『菜食主義者』の250頁に「……なぜ、死んではいけないの?」という印象的なセリフが出てきます。いっそのこと、人間性から逸脱して変身してしまった方が楽なのかもしれない。そういう葛藤が、中編の「木の火花」に描かれていると思います。
竹田:それそれ。最初に、メタファーじゃなくてリアリティを追求した小説って言ったのはまさにそれです。
「菜食主義者」の種子となった「私の女の実」(斎藤真理子訳)はアンソロジー『ひきこもり図書館』(頭木弘樹 編、毎日新聞出版)に収録されています。
竹田:あ、さっき話した(この記事の二段落目)あらすじのところ、「主人公」って言ったけど、「話者」か「視点」に言い変えてもいいですか。
田中:なんかメタフィクションみたいな訂正ですね。でも、そこに拘るのは重要な気がします。この連作小説は、地の文の人称が変わっていますよね。一作目は夫の視点、二作目は義兄の視点、三作目は三人称になっています。三作目だけ第三者の視点から書かれている。
竹田:たくさん言及できる場所がありますね。強度のある物語って感じがします。
田中:今回は長く語っちゃいましたね。
竹田:あ、言い忘れてたのでもう一ついいですか! 家族がそろって食事するシーンなんですど……
(二人の会話は尽きないのであった)
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◆PROFILE
田中佳祐
『街灯りとしての本屋』執筆担当。東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。企画編集協力に文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。
竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
双子のライオン堂 公式サイト https://liondo.jp/
◆BOOK INFORMATION
新しい韓国の文学01『菜食主義者』
ハン・ガン=著/きむ ふな=訳
ISBN: 978-4-904855-02-7
刊行:2011年4月
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