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ロバート・ファウザー先生のこと:或いは言語「ゲッチャ」の「けったい」なアメリカ人

鹿児島大学で教養韓国語の授業科目を立ち上げ、のちにソウル大学の国語教育科初の外国人教授になった、アメリカ出身のロバート・ファウザーさん。韓国語に限らず、日本語、フランス語、スペイン語……いったいいくつの言葉を操れるの⁉と思うほど語学に堪能なファウザーさんの『外国語学習談』をクオンで翻訳出版します。
翻訳は教え子でもある稲川右樹さん。出版に先立ってnoteで連載を始めるにあたり、「訳者あとがき」ならぬ「訳者まえがき」をお届けします。

「稲川くん、今なあ、うちに人からもろた納豆がようさんあるんや。よかったら取りに来ぃひんか。」

 夕方の授業が終わり、茜色から濃い藍色に変わり始めていた空が冠岳山のシルエットを漆黒の切り絵のように教室の窓に描き出した頃、その人は、今どき本場でもなかなか耳にできないたおやかな京都弁で僕に尋ねた。日本の味に飢えていた僕は二つ返事で、当時僕の愛車だった2001年型ヒュンダイ・グレースをその人の家に向けて走らせた。何だかていのいい運転手のようでもあるが、納豆さえ貰えれば僕はそんなことどうでもよかった。車は夕闇の漢江を渡り、やがてごちゃごちゃと込み入った坂道がちの路地へと入っていった。当時、その人は景福宮と昌徳宮の間、ガイドブックでは「北村」と呼ばれるエリアの小さな韓屋に一人で暮らしていた。その人こそ『外国語学習談』の著者にして僕の恩師、ロバート・ファウザー先生である。

 ファウザー先生と僕のご縁は、2010年の秋に僕がソウル大学の韓国語教育科博士課程に入学したことに始まる。その後、2014年にアメリカに帰国されるまでの間、公私共に大変お世話になった。ファウザー先生はアメリカのミシガン州出身なのだが、実はミシガンは僕の出身地である滋賀の子供たちにとって、おそらく一番最初に覚えるアメリカの州名だ。というのも、お互いその国最大の湖(ミシガン湖と琵琶湖)を持つ間柄ということで、姉妹協定が結ばれており、大小さまざまな民間交流が行われているのだ。また先生は京都とも縁が深いこともあり、僕が滋賀出身だと伝えると「ほんまですか!」と独特のよく響くトーンの京都弁で喜んでくださったのを覚えている。

 ファウザー先生のことを一言で表すならば、韓国語の「ゲッチャ(괴짜)」という言葉が真っ先に思い浮かぶ。日本語で「変人」とか「奇人」とか訳されることが多いが、それだとちょっと語弊があるかもしれない。そうそう、ファウザー先生の愛して止まない京都弁で言うなら「けったい」な人というのがピッタリだ。

ソウルの西村に魅了されたファウザーさんが韓国語で執筆した『西村ホリック』

 さっきも言ったように、アメリカからソウルに来て、わざわざ韓屋に住むだけならまだしも、何年か後には景福宮駅からほど近いところ(今度は西村と呼ばれるエリア)に、韓屋を「新築」してしまい、韓国伝統の棟上式まで大々的に敢行した。北村や西村など、韓屋集中エリアの街づくり活動にも何やら積極的に参加していた。それだけでも十分「ゲッチャ」と呼ぶにふさわしいのだが、ファウザー先生の「ゲッチャ」たる所以は何と言ってもその言語学習遍歴にある

 青少年期にスペイン語を学んだのを皮切りに、大学では日本語を、そして1980年代のアメリカではまだまだマイナーだった韓国語をマスター。アイルランドで博士課程にいる時にはフランス語を……。その後、京都大学、鹿児島大学と日本の大学で教鞭を取って、その都度、京都弁、鹿児島弁を習得していく。学生時代に先生からもらったメッセージを読み返すと、「ほなよろしゅう」とか「よろしゅたのもんでな」などの言葉が踊っている。「鹿児島の大学で日本人の学生を相手に韓国語を教えていたアメリカ人」という、ちょっと聞き違いじゃないかと思うような経歴の持ち主だ。それだけではなく、ポルトガル語、中国語、モンゴル語、エスペラント語を学び、この本を書いていたころはイタリア語に夢中だったからというから、これを「ゲッチャ」と言わずして何を「ゲッチャ」と言うべきか。

 この本には、そんなファウザー先生の「ゲッチャ」っぷりが遺憾無く発揮されている。読み進めながら僕は、教壇に立って生き生きと学生たちに語りかける遠い日のファウザー先生の姿が活字の間に浮かぶようで、ちょっとジーンときてしまった。確かにあんなことを言っていた。こんなことも習わせてもらった。そんな思い出がどんどん浮かんでくるようだった。「人類はどのように外国語を学んできたのか?」「そもそも人が外国語を学ぶ理由は何か?」というテーマについて、数々の外国語と浮名(おっと!)を流してきたファウザー先生ならではの、理論と経験に基づいた解説は、ともすれば退屈になりがちな専門的な話を、まるで立板に流るる水のごとく朗々と語られる名講釈師の語りのように、読者をめくるめく言語のワンダーランドに引き込んでいく。

 また、外国語に興味はあるものの、そこまで「ゲッチャ」にはなりきれない、おそらく数の上では圧倒的マジョリティであろう迷える子羊たちの、「どうすれば外国語が上手くなるのか?」「外国語学習に王道はあるのか?」という疑問にも、張り扇をパンパンパパンと叩きながら名調子で答えてくれる。それだけじゃあない。コロナ禍を経験し、世の中のAI技術が目も眩むようなスピードで進歩する中、それでも苦労して「外国語を学ぶことに一体どんな意味があるのか?」という、学習者も教育者も直面している大問題についても痛快なファウザー節がうなりをあげる。いやはや、僕が高い学費を払って聞いた話を、もってけ泥棒レベルの格安で読めるというのだから、こりゃあ読まなきゃ損だよお立ち合い。バンバン!

 こんな素晴らしい本の翻訳を仰せつかって恐悦至極全身大汗なのだが、原文に目を通してはて、と困ったことが一つあった。それは韓国語で「나」と書かれている一人称だ。大学教授の手による著書であるし、かなり専門的な内容も含まれている、真面目といえば真面目な本なので、おそらく「私」とし、語尾は「〜である」調でいくのが順当なところなのだろうが、行間から滲んでくるファウザー先生の肉声には「私」や「である」はどうも似合わない。僕の知るファウザー先生はたぶんもっとカジュアルな気持ちで読者に語りかけているような気がしてならない。ということで、一人称を「僕」とし、語尾は「〜だ」で統一したい旨を、事前にファウザー先生本人に連絡し、快諾していただいた。こういう相談も、僕が先生のキャラというものを知っており、何より先生が「私」と「僕」という日本語のニュアンスを正確に把握していらっしゃるからこそ可能なことだ。

 と、ここまで書いてしまった以上は、誰よりもファウザー先生の言葉を読者の皆さんにありのままにお届けすることが、光栄な役目を仰せつかった教え子の努めならんと思う。実に身の引き締まる思いだ。みなさま何卒よろしくお願いいたします。そして、ファウザー先生、きばりまっせ!!

ロバート・ファウザー著『외국어 학습담(外国語学習談)』原書

プロフィール

著者:ロバート・ファウザー
1961年アメリカのミシガン州生まれ。ミシガン大で日本語・日本文学を専攻し、ソウル大学で韓国語を学ぶ。ミシガン大学で言語学修士、アイルランドのトリニティ カレッジ ダブリンで言語学博士号を取得。
高麗大学、立命館大学、京都大学で英語と英語教育を教えた後に韓国語教育に転向。鹿児島大学で教養韓国語の授業を開設・担当したのち、ソウル大学国語教育科初の外国人教授になった。また、2014年アメリカへ帰国したのちに韓国語で本の執筆活動を始める。著作に『西村ホリック』、『未来市民の条件』、『外国語伝播談』『ロバート・ファウザーの都市探究記』など。趣味は語学、写真、古い町並みの散策。

訳者:稲川右樹(いながわ・ゆうき)
帝塚山学院大学リベラルアーツ学部准教授(韓国語専攻コース)。ソウル大学言語教育院に語学留学、その後、時事日本語学院などで日本語教育に携わる。ソウル大学韓国語教育科博士課程単位取得満期退学後、2018年に帰国。現在は大学で教鞭をとりながら、韓国語セミナーを行うなど、精力的に活動している。著書に『一週間で驚くほど上達する! 日本一楽しい韓国語学習50のコツ』(KADOKAWA)、『ゆうきの「韓国語表現力向上委員会」発! ネイティブっぽい韓国語の表現200』、『ネイティブっぽい韓国語の発音』(ともにHANA)などがある。現在中国語も学習中。
Twitter @yuki7979seoul

 

 

 

 

 

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