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【インタビュー】パク・ジュン「生きること、悲しむこと、詩を書くこと」

2024年の夏、韓国の詩人パク・ジュンさんの詩文集『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』の日本語版(趙倫子訳、クオン)が刊行された。韓国ではミレニアル世代を中心に大変な人気を集める著者の詩集はいずれもベストセラーとなり、本作もすでに36刷を重ねるという。「誰もが抱える胸のうちや心象風景をやさしく繊細なことばで描き、読者の圧倒的共感を得る詩人」と紹介されるパク・ジュンさん。このたびの出版を記念して来日し、福岡、東京、大阪の3都市で朗読とトークイベントを行う合間にインタビューをした。
(取材・構成:アサノタカオ、通訳:金承福)

詩人パク・ジュンについて

彼は雨が降っているのだと言い、
僕は雨が舞っているのだと言い、
君はただ、悲しいと言った。
——「雨」 

『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』(パク・ジュン著、趙倫子訳)所収 

——詩に興味を持つようになったきっかけから教えていただけますか。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

パク・ジュン 私は口数のとても少ない、内省的な子どもでした。無口というより、どういう話をすればいいのか、言葉を選ぶのに時間がかかっていたのだと思います。

 当時の私が自己表現できる方法が日記で、やがてそれが詩に変わりました。日記は文学とは言えませんが、人間の感情を素直に示すことができます。幼い頃に日記を通じて、話すのではなく書くことで表現するおもしろさを知りました。

 そこから、どうやって詩までたどり着いたのか。大学に入って創作を学び始めたときは、まだジャンルを決めていませんでした。同世代の仲間は小説やドラマの脚本など物語を書く人が多く、詩を書く人は少なかったです。つまり仲間と競争する必要がなかったので、私は詩を選びました(笑)。

 一般的に韓国で詩人としてデビューするには、新聞社の「新春文芸」に入選することが求められます。毎年1回、1名しか選ばれないので非常にハードルが高い。それに韓国では物書きだけをして生活するのは大変なのですが、なかでも詩人は「食べられない、結婚できない、生きていけない」と否定的に語られます。けれども私は、「誰もやらないことをやるのはかっこいい」と思っていましたし、詩人という存在に憧れも感じていました。

——学生時代には「詩を書く人が少なかった」ということですが、韓国は詩の国と言われ、日本と比べると詩が広く読まれ、詩人の地位も高いとも聞いています。韓国の現代詩の状況やご自身の作品の特徴をどう考えていますか。

パク・ジュン おっしゃる通り、韓国には詩が大衆から愛され、尊敬される時代がありました。しかし今そのような時代はほぼ終わっていて、書き手も読み手もみな物語に移行した時代に、私は詩を書き始めたことになります。詩は「旬を過ぎた最後の残り物」と言えるかもしれません。でも果物の場合、最後の残り物は熟して甘くなる、ということもありますよね。

 韓国の現代詩にはさまざまなジャンルのものがありますが、伝統的な抒情詩や社会現実を反映した詩は少なくなり、近年は実験的な言語形式の作品が増えています。なので、現代詩には「難しい」という感想がいつもついてまわります。ただ、難解であることは詩の長所でも短所でもなく、本質的な特徴だと思いますが……。

 私の作風は、伝統的な抒情詩を再解釈したもの、と言われます。そういう意味で、現代詩の中では比較的読みやすい方だと思います。評論家のシン・ヒョンチョル氏が以前、「韓国文学の百年の歴史に刻まれた審美的なDNAがパク・ジュンの詩の中に受け継がれている」と書いてくださったのですが、これまで見聞きした評論の中で自分の作品をもっともよく表現してくれた言葉です。

——詩を書くときにいちばん大事にしていることはなんでしょう?

パク・ジュン おかしなことを言うように聞こえるかもしれませんが、それは真実です。真実には個人の真実、社会の真実、芸術的な真実などがあります。

 詩は言語を組み合わせた美的な表現と言われますが、私はそういうものを求めていません。生活や人間関係の中の美しい瞬間を感じることを大事にしていて、そこから詩の真実が生まれると考えています。

 したがって机の上だけで書かれる詩を自分は書きません。生の営みそのものを詩にしています。その営みが美しいものでないときに、美しい詩は生まれない。そして「美しい」とは単にきれいとか可愛らしいということではなく、猛烈に生きることそのものだと言えます。

『泣いたって変わることは何もないだろうけれど(原題:운다고 달라지는 일은 아무것도 없겠지만)』(写真左、난다、2017)は中国語(繁体字)、タイ語などにも訳されています。

『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』について

僕たちがともにした瞬間たちが
僕には旅のようなものとして残り
あなたには生活のようなものとして残ればいいと思います。

——「旅と生活」より

『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』所収

——それでは、このたび日本語版が刊行された詩文集『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』に関する話題に移りたいと思います。

 この本にはパク・ジュンさんが旅行したさまざまな土地の名前が登場し、「あの年 〇〇」と地名を入れた同じ形式のタイトルをもつ詩も収録されています。「旅」は創作においてどのような意味をもっているのでしょうか

パク・ジュン 旅することは見慣れない土地を体験することではありますが、私は外からやってきた人の目線ではなく、そこに暮らす人の目線でそれを見たいと考えています。旅人として自分が注意を向けるのは、そこにしかないものではなく、ここにもあるものです。

 昨晩、東京でお酒を飲んだのですが、帰り道に私と同じように酔ってふらふら歩く人の後ろ姿を見ました。帰る家はあるけれど、まだ家に帰りたくないようなそんな足取りです。それは韓国でもどこでも見られる風景で、自分はそういうことについて書きます。なぜなら、私が文学に求めるのは人間の特殊性ではなく普遍性だからです。

——この詩文集には、二つの土地のあいだをつなぐものを見る旅人のまなざしがあり、また二つの時間、つまり「かつて」と「いま」のあいだをつなぐものを見る視線もあると思います。とりわけ死者や別れをテーマにする作品にそれを感じます。

パク・ジュン はい、私は過ぎ去った時間について、とりわけ死についてたくさん考えます。そして死を近くにある親密なものとして考えます。私たちはみないつか必ず死んでいくわけですが、しかし普段は命の終わりの時を意識することはあまりないですよね。自分がこういうことを考えるようになったのは、姉の死がきっかけです。

 家族や身近な人との別れは誰にも訪れる、ありふれた出来事です。ただ私はそうした人たちの死を長く悲しみます。それが詩人である自分の独特のスタイルです。長い時間をかけて死を受け入れ、別れた人を求め続けること自体は、精神的に健康な営みだと言えませんか?

 人間の死だけではありません。たとえば急速な都市開発によって住む人のいなくなった古い家屋が取り壊され、土地の川が汚染されることもひとつの死だと思います。廃墟の前に立つと、かつてそこにあったものにもう一度出会いたいと、原風景を求める그리움クリウム(恋しさ、懐かしさ)の心が芽生えます。

 私が「朝ごはん」という散文作品を「僕は死んでしまった人が好きだ」という一文から始めているのは、そのことを肯定的に捉えているからです。

——この本ではご自身の暮らしや家族との関わりなど、日常の情景をモチーフにしていることが多いと思います。先ほど「社会現実を反映する詩は少なくなり」という話も出ましたが、とはいえパク・ジュンさんの作品には個人的な心情を優しい言葉で語るものだけでなく、歴史や社会への鋭い問いかけも見られます。たとえば散文の「不親切な労働」では、父への思いを通じて韓国の労働者——炭鉱夫、運転手、失業したアルコール中毒患者の姿を描いています。

パク・ジュン 詩に関していえば、私は社会性を表現する際に二つのことを注意しています。まず、短い言葉の中に現実に起こった事件や事故を包み隠すようにして、読者が直接連想しないよう慎重に構成しています。それから繰り返しになりますが、自分は文学に普遍性を求めるので、特定の時間や場所で起こった出来事を経験者として、目撃者としてそのまま書くことを原則的にしません。
 ただし、散文では書きたいことをストレートに表現していると思います。

——「小さなこと 大きなこと」という散文詩的な作品にはこうありました。「三月も過ぎてしまった今、誰かにとっては小さなことのように、けれどまた別の誰かにとっては大きなことのように、四月がやって来る」
 この「四月」には、人類が経験したさまざまな悲しい「四月」が包み隠されているように思います。たとえば、韓国現代史において長くタブー視された1948年の済州島4・3虐殺事件、1960年に李承晩大統領の不正選挙に抗議した学生や市民による4・19革命以後の出来事、そして2014年春に起こったセウォル号沈没事故……。

パク・ジュン まったくその通りです。それが私の文学的な方法論です。4・3事件や4・19革命を忘れないようにしましょう、とか、セウォル号事件のことを考えましょう、と社会に向けて声高に主張することはしません。世の中の大勢から見れば、すでに過ぎ去った小さなことになっているかもしれませんが、季節が変わっても誰かひとりにとってはきわめて大きな喪失の経験がいまなおそこにあり続ける。私は詩のことばを通じて、そんな人間の真実に光を当てたいと思います。

哀悼と悲しみの詩について

四月、西風が吹いてくると、梅の木の白い花のいくつかは風に乗って飛んでゆき、見知らぬ人の足元に落ちることでしょう。けれどももうこんなことは悲しくなくなりました。
——「ふたたび去りゆく花」
 

『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』所収

――散文「死と遺言」では、韓国の双龍サンヨン自動車に不当解雇され、自ら命を絶った労働者を「遺書一枚残さず、この世に別れを告げた」ものたちと表現しています。その上でこうした「消えゆくものたちの言葉」を受け取って自分は詩を書くと述べ、こう続けています。

 「僕の詩は、十分に哀悼し悲しむことによって、数多の消えゆくものたちを完全に忘れるためのものだ。一つの存在が完全に存在するためには、完全に消滅しなければならない。僕たちが存在したと言うことを誰も認識できなくなったとき、『永遠』という言葉を、おそるおそる口にすることもできるだろう」

 ご自身の詩人としての使命を洞察した一文だと思いますが、「消えゆくものたちを完全に忘れるため」という点についての考えを、あらためて解説していただけますか。

パク・ジュン さきほども言ったように、私は死についてたくさん考えます。ところが、いまの時代は死を死なせることすら簡単にできない時代です。

 死を悲しむ気持ちをあまりにも早く切り替えさせようとする風潮があると感じませんか? 悲嘆に暮れる人に向かって、早く以前の日常に戻りなさいという声を聞くと、私は胸が苦しくなります。死者の魂を哀悼する時間を十分に保つことが必要です。自分はシャーマンではありませんが、詩を書くことは鎮魂の儀式をおこない、哀悼の時間を創造することだと考えています。

 ご指摘いただいた「完全に忘れるため」という表現は、「永遠」と対をなす概念だと考えています。

 たとえば墓地に行けば、故人の言葉を文字として刻んだ石碑が立っていますよね。私の考えでは、それはまだ完全な死ではない状態です。年月を経て、雨や風や雪にさらされて文字が摩滅して消えてしまい、石碑そのものが傾いて倒れて故人のことが完全に忘れられてはじめて完全な死が訪れます。完全な死であり完全な生でもあるような境地が「永遠」で、自分は哀悼と悲しみの先にこの永遠を見つめる詩人でありたいと願っています。

——インタビューを締めくくるにふさわしい、すばらしいお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。

 さて、この詩文集にはエミール・シオランや村上春樹など海外の文学者や、韓国の詩人の名前が見られます。影響を受けた作家や好きな作品があれば教えてください。

パク・ジュン 私はクリエイターなので、普段できるだけ他の作家の影響を受けないように気をつけているので答えるのが難しいのですが……。

 たとえばマックス・ピカートの『沈黙の世界』を愛読していて、彼の哲学的なアフォリズムの言葉を私は詩として受け止めています。韓国語の文学では詩人の白石ペク・ソクですね。彼ほどたくさんの食べ物を作品に盛り込み、象徴的に表現した人はほかにいないと思います。

人文360°「真夜中の朗読者たち」第2話:詩人パク・ジュン詩人「沈黙・・言葉、そして私たちが感じる数多くの感情・・記憶・・について」のなかで、パク・ジュンさんが『沈黙の世界』の一節を朗読しています。

——パク・ジュンさんは現在、日本各地をめぐるポエトリーツアーを行っていて、石松佳さん、柴田葵さん、岡野大嗣さんなど同世代の詩人や歌人をはじめとする多くの人々との出会いがあったと思います。最後に日本の読者へメッセージをいただけますでしょうか。

パク・ジュン 今回日本に来たことで、自分の本を深く読み込んで、よいと思ってくださる人がいることを知り、大変うれしく感じました。もっとよい詩を書きたいと思います。そして多くの読者と会うことができるこういうときこそ、ていねいに詩を書いていきたいと思います。私のいろいろな話に耳を傾けていただき、心から感謝申し上げます。

(2024年8月 クオンにて)


プロフィール

パク・ジュン
1983 年ソウル生まれ。
2008 年『実践文学』にて作品を発表し、詩人としてデビューした。
詩集に『あなたの名前を煎じて数日間食べた』、『私たちが一緒に梅雨を見られるかもしれません』、絵本に『私たちはアンニョン』、散文集に『季節の散文』がある。申東曄文学賞、今日の若い芸術家賞、片雲文学賞、朴在森文学賞などを受賞。創作活動以外にも、ラジオDJや、映画出演など幅広く活躍している。
邦訳に詩文集『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』(趙倫子訳、クオン)。

BOOK INFORMATION
セレクション韓・詩04
『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』
パク・ジュン著、趙倫子訳|クオン
978-4-910214-54-2 2,200円(税込)


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