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進化学はヒトの未来を予測する


いま記載されている種の数はだいたい200万種ぐらいといわれています。

動物が100万種ぐらいで、そのうちの70%以上は昆虫です。

植物は50万種ぐらいです。

しかし、いままでに記載されているのは主に温帯に生息する動植物なので、熱帯ではその数をはるかに超えるでしょうから、地球上に存在する種の数は、だいたい500万種ぐらいになると考えられます。 

ごく最近、南米の熱帯雨林で、木の非常に高いところに煙りを出し、そこに生息している昆虫をいぶり落としたという研究があります。

そうしたら、そこから出てくる昆虫のなんと50%以上が新種だったのです。


ですから、種の数はわれわれが記載できている分の2倍か3倍あるのではないかということで、現存する生物の種は500万種から場合によっては1000万種ぐらいになるだろうといわれています。

文学的ないいかたをすれば、生物というのはそういう多様性を享受しているともいえそうです。

そして、生物の進化を考える際にも、まずそのような多様性に知的な興味を感じざるをえないのです。 


水族館に行くとすぐにわかることですが、グロテスクなものからきれいなものまでいろいろな魚がみられます。

それだけの多様性がどうして出てきたのだろうか、という疑問がわいてきた経験をお持ちの読者も多いでしょう。

そこでまず、生物の形の上で似たものどうしを分類してみます。

たとえば、昆虫は昆虫、動物は動物、植物は植物、というふうに分類していきますと、別々にきっちりわけられるものもあれば、少しわけにくいものもあることがわかります。 

しかしながら、多様性のある生物種を類似性、つまり似かたによって分類していくと、そこにある種の系統的な関係がみえてくるのです。

この事実が、「生物が進化する」という考えかたをサポートする第一の証拠だと思います。



第二の証拠はやはり化石になります。

地質的な年代のはっきりした地層が地球上にいくつか存在しており、そこに存在する貝やその他の動植物の化石をとってきますと、やはり基本的には連続的な変化があることがわかっています。

このことから年代の順序に従って、ある生物の形態が少しずつ変わっていることがわかります。

ただ、それは主観的な問題だろうとか、認識のちがいによるだろうという厳格な批判があれば、甘んじて受けざるをえません。

しかし、少なくとも学術的な意味では、そういう年代に即した連続的な変化が認識できることは否定できません。 


似たような生物は似たような環境に住み、似たような生理的な特徴をもつということも、進化や適応の第三の証拠になるでしょう。 

そして、第四に、これは決定的なのですが、遺伝情報といわれるDNA(デオキシリボ核酸)配列をみれば、生物の変化のあとが明確にみえてきます。 

つまり、形の似た生物どうしの遺伝情報を比較しますと、一般にそれらはあまり異なってい ませんが、まったく形態のちがう生物どうしで比較しますと、遺伝情報も非常に異なっています。

形態的に非常に近いもの、少し近いもの、中ぐらいに近いもの、遠いもの、非常に遠いものどうしで比較を密に行なっていきますと、形態上での遠さと、DNA配列上のちがい(ある いはアミノ酸配列のちがい)の程度がほぼ比例しているのです。 

親から子へDNAが転送され、そして子ができる。

その子からまた孫ができる。

このよう に、その遺伝情報が次世代へと転送されていきます。

その過程で当然いろいろな変化がDNA 上に生じてきます。

それを逆にたどっていけば、10世代や20世代前ではまだ同じ親戚とか一門あたりですが、それが数千世代とか何万世代前になってくると、これはまさにさきほど述べ た生物の比較と時間レベルとの対応がついてくるわけです。



本書の中に、「進化学はヒトの未来を予測する」という興味深い一節があった。

『さて、これからの進化学はどういう方向に発展していくのでしょう。

現在、分子遺伝医学とでもいうべき新しい分野が発展してきて、ガンをおこす遺伝子や精神病をおこす遺伝子を発見しようとしています。

実際にだんだんそれらの遺伝子がみつかってきていまして、場合によっては、もう遺伝子診断ができるところまでいっています。

病気によっては遺伝子治療の実験段階に入ろうかというところまできています。

精神病をおこす遺伝子に注目すれば、たとえばチンパンジーやゴリラとヒトとを比較してみるとか、人間の脳においてその遺伝子は、他の霊長類とどのように発現のしかたがちがっているか、という研究も進んでくるでしょう。

このような研究は、進化学の新しい分野です。

形態レベルの進化、つまり姿や形の進化を超えて、行動や知覚、精神作用までふくめて進化がみえてきつつあるといっても過言ではなくなってきています。

将来的な話をすれば、進化的なアプローチを用いて工学的な応用をはかる分子進化工学、あるいは医学的な応用を目的とする分子進化医学、また農業生産や品種改良へ向かう分子進化農学、というような新しい分野が発展するでしょう。

それらの研究をさらにおしすすめると、未来進化予測学といったような、進化を予測する科学が可能になってきます。

さらに、ヒトの、 生物種としての未来も予測できるようになるかも知れません。

ただ、ヒトの未来進化を予測するというのは、多少SF的な興味でもあります。

しかし、もう少し現実的な問題でいえば、たとえばヒトの百万倍で進化するウイルスがどう進化するかを予測することができます。

進化速度からすれば、ヒトが100万年かかるところをウイルスはわずか1年で進化するわけですから、 たとえばインフルエンザウイルスの来年の流行型を、分子進化学をもちいて正確に予測するこ とができるようになります。

こういった研究が進んでいけば、ヒトの未来もSF的ではなく科学的にきちんと予測可能になるでしょう。』


1859年にダーウィンが「種の起源」を出版し、自然淘汰説を唱えた。

次にメンデルが出て遺伝子因子を発見した。

その後、ド・フリースが突然変異説を唱えて、現在の進化学では、偶然に生じる突然変異こそが、進化メカニズムを起動させるものだと言われている。

そして、現在では、ダーウィンの説に、遺伝子と突然変異を付け加えられたものが定説となっているそうだ。


現代の進化学において生き残る種は、「今は役に立たない突然変異を多くもつこと」であり、「非効率で無駄の多い」種が生き残るという。

たとえば、アフリカで最強の生物であるサイはあまり子どもを生まない。

それは、少なく生んで大事に育てるのが生存の上で有利だったからだ。

しかし、それは天敵がいない前提での話。

人間という思わぬ天敵が出てきたため、サイは絶滅危惧種となった。


あまりに「今」に最適化すると、思わぬ状況になったとき生き残れない。

だから、無駄も含めた多様性が必要となる。


その時の状況に一番効率的であろうとすると、想定外の天変地異や、ウィルスや未知の病気が発生した時に全滅してしまう。

つまり、「遊び」という余裕の部分がないからだ。


「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ)

まさに、多様性が人類を救う。

五條堀孝
『人間は生命を創れるか』丸善ライブラリー より

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