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運のいい人はひとり勝ちしようとしない



生き残るためには他者を思いやる社会性が必要です。

しかし、他者を思いやるだけでは生き残ることはできません。 

たとえば企業は社会の役に立つことが大前提ですが、自社の利益を度外視し、ひたすら社会のことだけを考えて活動していたら、いずれは倒産してしまうでしょう。 

自分は何も食べずに、ほかの人に食べ物を与えつづけていたのでは、いずれは病に倒れてしまいます。 

つまり、生き残るにはまず自分が勝たなければなりません。

しかも勝ちつづけなければならないのです。 


ではどうしたら、他者への思いやりをもちつつ、勝ちつづけることができるのでしょうか。 

そのコツは、勝ちすぎないこと。 


「過剰適応」という言葉があります。

生き残っていくためにはもちろん、環境に適応 する必要があります。

しかし、過剰に適応しすぎてしまうと、それがかえって絶滅のリスクになってしまうことがあるのです。


「最適より好適」という言い方もあります。

最適はベスト、好適はベターという意味。 

「最適より好適」とは、「最適な戦略をとると、一時期は勝てるものの、長期的なスパ ンでみると滅びてしまう可能性が高い。

よってベストよりベターな道を選ぶべき」という意味です。 


たとえば、アフリカのクロサイ。

個体の能力でいえば、最強の種といってもいいくらい、凶暴で攻撃的、巨体をもちながら、移動のスピードも速く、非常に戦闘や競争 に強い動物です。 

しかし、向かうところ敵なし、のようなこのクロサイも、ひとたび環境が激変する と、真っ先に絶滅危惧種となってしまったのです。


クロサイは、個体の戦闘能力が高いので、成体になってしまえばその後の生存競争で命を落とす危険がほとんどありません。

この条件下では、少なく産み、その子の面倒をしっかり見て、強い成体に育てることがいちばんの生存戦略となります。 

たくさんの子を産んだほうが有利なのではないか、と思う人もいるかもしれません。 

しかし、子をたくさん産むと、母体への負担が大きく産後の母親が狙われやすくなる 確率が高くなってしまうのです。 

さらに、せっかく母親が体力や時間や労力を使って子を産んでも、親の目が届かないほど多くの子がいると、成体になる以前の子が、いちばん狙われるリスクの高い状 態ですから、ライオンやハイエナに襲われて、命を落とす危険が高まってきてしまうのです。 


つまり、クロサイは、弱肉強食のアフリカで、少数精鋭の子を育てる、という戦略で生き残ってきたのです。

しかし、これが仇となりました。 クロサイは、個体の能力がきわめて高いためか、群れをつくることがありません。 

また、子どもも少ししか産みません。

最適の戦略のようにみえます。

しかし、これは 過剰適応といってもいい、危険な状態であったのです。 


クロサイを絶滅危惧種にまでしてしまった環境の変化、それは、「ヒトの出現」で した。 

これはクロサイにとって、天敵が現れた、などという生やさしい出来事ではなく、 天変地異に近いような大事件だったのです。

なぜなら、天敵の出現であれば、少しずつ時間をかけてまたその条件に適応していけばよいのですが、ヒトはクロサイに、適応しなおす暇を与えませんでした。


自然の適応力を超えるスピードで、ヒトはクロサイの生きる環境を破壊していったのです。まるで、突然地球に落ちてきた、巨大な 隕石のように。 

こうなると、過剰適応してしまっているクロサイは、環境の激変には耐えられません。

あっという間に、絶滅危惧種になってしまいました。


新しい環境に耐えて、さらに生き延びるには、その環境に最適な適応をしてしまっていてはだめで、「好適」くらい適応にしておき、遊びの部分を残しておく必要があるのです。

つまり、環境にあまりに適応しすぎて、ある条件のもとでひとり勝ちした存在というのは、条件が変わると、変化に耐えられずにあっけなく危機的な状態に転落してし まうのです。

同じことが人間社会でもいえるのではないでしょうか。 

ある時代にひとり勝ちした、頂点を極めた国や企業というのは必ず滅びています。 

勝ちすぎると、勝ちつづけることができないのです。 

そこで勝ちすぎない、ひとり勝ちしない道を選ぶのです。

自分だけが生き残って、ほかは全滅しようがかまわない、という道より、自分も生き残るけれどまわりも生き残れる道を選ぶ。

まわりとうまく共存できる道を探る。

このほうが結果的に、長く生 き延びることができるのです。



中国・宋の時代の五祖法演禅師の説いた4つの戒めの言葉がある。


一、「勢い使い尽くすべからず」

二、「福、受け尽くすべからず」

三、「規矩(きく)行じ尽くすべからず」

四、「好語(こうご)説き尽くすべからず」


一、勢いとは、成功してお金や地位や名誉や権力などが手に入ったとき、その運を使いつくさないこと。調子のよいときほど、自戒すること。謙虚でいること。

二、たまたま入ってきた「福」や「運」を一人占めしないこと。まわりに分け与えること。

三、規矩(きく)とは、規則や戒律やルールのことで、それをまわりに押し付けすぎないこと。正義感を振りかざすと人は離れていく。

四、好語(こうご)とは、どんなに良い言葉(好語)で説いても、それを相手が頭だけで理解するなら、行動とは結び付かないので無意味になってしまう、ということ。


つまり、運のいい人は、「勢い」や「福」や「規矩(きく)や「好語」を使いつくさない。

勝ち尽くさない、行き過ぎないで、ほどほどに留めておくこと。

自分の「分を知る」こと。

そして、「運」を使い尽くさないこと。


いかなるときも、他者を思いやる気持ちがあるのは大切だと思う。



脳科学者、中野信子
『科学がつきとめた「運のいい人」』サンマーク出版より

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