旅する小人 小説 ② 中国編 上 

『旅する小人』


※ この物語はすべてフィクションである。



~ 中国編 上 ~


 バスの停留所には、数人が並んでいた。

 バスが止まると、車の中位置のドアが開き、並んでいた人々はバスの中へと入り始めた。

 小人はバスの運転席近くまで歩いて行き、開いていた車窓から、運転手の近くに立っていた乗務員に訊ねた。

「すいません、このバスは上海駅に行きますか?」

 乗務員は小人にバスの中に入るようにと、手振りで伝えた。

 小人は乗務員に対して頷き、そして、バスに乗った。

 すぐに乗客たちも乗り揃い、バスは発車時刻になると、ドアを閉めて空港から走り去った。

 空港から出るとすぐに、バスは空港と上海の中心街を繋げている高速道路にのった。

 同時にバス内の灯りは消え、車内は真っ暗になった。

 乗客たちは、車窓の端についていたカーテンを閉めた。

 するとさらに車内は暗くなった。

 先ほど小人にバスに乗るように手振りした乗務員の男が、運転手近くの席から立ち上がり、後部座席方向を振り向いて歩き始めた。

 乗務員は前方に座っている乗客から順に、行き先を訊ねてから運賃を貰った。

 お金を受け取ると、男は乗車券を発行して乗客に渡す。

 その行為を次の客、次の客へとしながら、乗務員の男は、徐々に後方座席の方に向かって歩みを進める。

 乗務員の男が小人のもとへと来て、行き先を訊ねたとき、彼は何も言わずに、ポケットから先ほど両替したばかりの中国元の札を、1枚取り出して渡した。

 札を受け取った乗務員の男は、お釣りと乗車券を小人に渡していた。

 乗務員の男は、全ての乗客から乗車賃をもらって、代わりに乗車券を配り終えると、前方にある運転席近くの、一番前の席に戻って座った。

 小人は乗務員の男と金と乗車券とお釣りを交換してからずっと、車窓から外の景色を眺めていた。

 バスは大きな幹線道路の上を走っていて、道路灯から放たれる暖色光の灯りによって、バスと路は照らされていた。

 そのまま同じ景色が続き、それらはしばらくの間、後ろのほうへ流れていった。

 ほどなくバスは高速道路から降りた。

 すると小人から見えている車窓の風景は、真っ暗で巨大な公園へと変わった。

 その公園に面している歩道の脇に、ほぼ均等感覚で街路灯が設置されている。

 街路灯の上端にある汚れたボールから放たれる、古びた水銀灯の白色光の灯りをうけた人々が、輪郭のみの黒影となってうろついる。

 街路灯の下で座っていたり、寝ている人影もある。

 真っ暗な影となった人たちが何のために動いているのか、小人の視界からは、詳細に視認することは出来なかった。

 バスは公園を抜けて、上海の市街地へと入った。

 バスが市街地に入るとすぐに、店舗や古い居住宅などの建物が、窓を通して姿を現した。

 しかし、バスはその地域をすぐに抜けて、上海の鉄道駅へと停車した。

 バスは停留所で止ったあと、ドアを開けた。

 すると、小人を含めた乗客たちは、一団となって車内から降りて行った。

 バスを降りた乗客たちの視界に、屋台と上海駅が発っする光が入り込んだ。

 小人は、その中でも特段に巨大な光を発している、上海駅本体へと向かって歩を進めた。

 彼が駅の出入口まで辿り着くと、真向かいで年老いて痩せ細った女が、出入りしている男たちに向かって、乱雑に喚き散らしていた。

 女の服には路上で舞っている埃や、汚れが多く付着していた。

 小人が上海駅の出入口をくぐる時も、女は叫んでいた。

 彼は女を一目見ると、すぐに目をそらせ、駅の中へと入った。

 彼の背中には、その後も少しの間だけ女の叫び声が浴びせられていた。

 しかし、その声はすぐに違う男の方へ向きを変えて、放たれ始めた。

 小人は上海駅の中へと入るとすぐに、右手の壁際上部に、列車の時刻表を見つけた。

 そして、その下へと歩いていった。

 彼は路線図を見上げ、しばらく立ち尽くしたまま、それを眺めていた。

 数分ほど眺めると、小人は駅の出入り口へと向かって歩いて戻って行った。

 そして肩からバックパックを壁際の床に下ろすと、その上に座った。

 それから彼は、駅の中で動いている人たちを観察し始めた。

 そして彼は1つのことを理解した。

 それは駅の中にいる人たちの大部分は、駅の窓口へと向かって歩いて行き、金と乗車券を交換している、ということだった。

 その事実を知ると、小人はバックパックを背負って窓口へ向かって歩き出した。

 窓口へたどり着くと、彼はたどたどしい英語で、窓口の男へと話しかけた。

「ハロー、昆明ステーションへ行きたいんですけど、料金はいくらですか? How much ? 」

 窓口の男は小人から発せられた言葉を受けると、眉間にしわを寄せ、両手の手のひらを真上に向けて、肩と同じ高さまで上げた。

 窓口の男のその様子を見てとったあと、小人はバックパックから、ノートと黒のボールペンを取り出した。

 そして、「昆明駅。行。金。幾?」 とノートに書いて、窓口の男へと手渡した。

 ノートを受け取ると、男は背後にいた職員の男に、文字が書かれたページを見せ、話しかけた。

 話しかけられた職員の男は、他の職員も呼んだ。

 3人で話し合いを始めた駅の職員の男たちは、全員が小人が書いた文章を見て、顎に手を当てると、首をかしげた。

 窓口の男は、ノートを小人へと返すと、彼に窓口の横に避けるように手振りした。

 小人が窓口の男に指示されたとおりに避けると、今度は彼の後ろに並んでいた男が、窓口の男と話を始めた。
 
 彼らはお金と乗車券を交換した。

 小人は再び駅の出入口付近の壁際へと戻った。

 そして再び、バックパックを下ろして壁際に置いた。

 バックパックからノートを取り出し、周りの様子を見ながら、何やら書くと、再びバックパックへとノートを仕舞い、彼は駅の外へと出た。

 小人が上海駅の外へと出ると、再びさっきの女が彼へ向かって叫びちらした。

 彼はそれを無視して、周囲を見回した。

 左手に駅構内の灯りから外れた街路樹が1本立っていた。

 彼はその街路樹の下へと歩いて行った。

 木のふもとにたどり着くと、彼は荷物を下ろして腰をおろした。

 ポケットからタバコを1本出して口にくわえると、ライターで先端に火を点け、煙を吐き出す。

 彼がタバコの煙をふかし始めて吸い終えるまでのあいだに、何人かの人が彼の眼前を歩き去っていた。

 彼は誰とも言葉を交わさなかった。

 タバコを1本、吸い終えると、彼は再び上海駅の中に入った。

 女はもう小人に声をかけなかった。

 小人は再び出入り口の壁際にバックパックを下ろし、その上に座って、上海駅の中にいる人びとの様子を伺い始めた。

 それから間もなく、小人のすぐ横の出入口を走り抜け、改札を飛び越えて、中へと1人の男が走り去っていった。

 男が走り去ってからすぐに、警官の男が3人、彼を追いかけて、駅の入口から改札の中へと走って行った。

 初めの男とは違う各々の改札の飛び越え方で、警官の男たちは駅の中へと入っていった。

 1人は滑り込んで、1人は飛び越えて、1人は横っ飛びでだった。

 小人はその様子をただ、呆然と眺めていた。

 数分も経たないうちに、最初に走り去っていた男は、服が伸び切ってちぎれ、顔は腫れ上がり、血まみれの状態で、先ほどの警官たちに抱えられて戻ってきた。

 男を抱えている警官たちの持っている警棒には、真っ赤な血が付着していた。

 捕まった男は、自らの力で立つことも出来ない身体の状態になっていて、警官2人が彼をひきずって駅の外まで運んでいった。

 残った1人の警官は、上海駅内にいる人々に質問をして歩き始めた。

 警官に質問された人は、身分証明書を警官に提示してから話をしていた。

 駅構内の床で寝ている男たちもいたが、彼らは警官によって起こされると、駅の外へと追い出された。

 その様子を見てとると、小人はバックパックを背負って、上海駅の外へと出た。

 売春婦らしき女は、もう駅の外にはいなくなっていた。

 彼はさっきタバコを吸っていた木の下へと移動した。

 そしてまたタバコを吸った。

 彼は、駅の出入口を伺いながらタバコを吸った。

 先ほどの警官が外に出たのを確認すると、彼はタバコを捨てて、また上海駅内へと戻った。

 中にある時計を彼が見ると、時針は真夜中近くをさしていた。

 肩を落とし、背中を丸め、力ない目線で、バックパックの上に座り、彼は周囲を眺め始めた。

 間もなく駅の出切り口から、日本の関西弁を話す体格のいい背広を着た中年の男と、痩せ細った現地人と同じ種類の服を着た中年男の、2人組が駅の中へと入ってきた。

 彼らは話をしながら、窓口の方へと歩いて向かっている。

 小人は壁際に置いていたバックパックを背中に背負って、2人へと近づいていって、声をかけた。

「こんにちは、すいません。日本人の方ですか?」

「おう、せやで。君は日本人なんか?」

「はい、そうです、日本人です。世界一周の旅に出たんですけど、中国語が分からなくて、チケットが買えずに困っていたんです。助けてもらせませんか?」

「そうなんや。大変やね。ええで。王さん、もう1人分のチケット、頼んでもええか?」

「はい、問題ないですよ。斎藤さん。すいません、あなた。何処までのチケットですか?」

「昆明に行きたいんです。お金がいくらかかるのかも分からなくて。チケットがいくらかかるのか訊いてもらっていいですか?」

「いいですよ。分かりました」

 王は、窓口へと向かって歩いていった。

「君、言葉も分からんで世界一周とかするんか? それは甘くないんか? 今後もっと大変な目に合うかもしれんやん。現に今も困っとったやろ? 」

 斎藤と呼ばれた男が、小人にそう言うと、彼は少し考え込んでからこう言った。

「そうですね、でも僕はしたいことはしたいんです。だからまぁ行けるところまで行ってみます。無理だと思ったら、日本に帰ればいいんです」

 小人はそう斎藤に言ってから、王の後についていった。

 斎藤は無言で、その様子を後ろから眺めた。

 王は窓口で受付の男と話すと、紙にメモをして、後ろを振り返るとそれを小人に渡した。

「昆明行きの列車は、次の木曜日になるみたいですよ。それを逃すと次の便は来週になるみたいです。料金はこれです」

「王さん、ありがとうございます」 小人はそう言って手渡された紙を見た。

「お金を渡すので、木曜日の切符を買ってもらえませんか?」

 小人は王に尋ねた。

「斎藤さん、いいですか?」

 王は斎藤に確認を取った。

「買ってあげたらええやん。わしに訊く必要ないやろ」

 王は小人から乗車券分のお金を受け取り、それを窓口の男に渡した。

 窓口の男はお金を受け取ると、彼の脇にあるパソコンに文字と数字を打ち込んだ。

 パソコンからそれらのデータを受け取ったプリンターが、乗車券と領収書を印刷出力した。

 それらが窓口の男から、王の手を通って、小人へと手渡された。

「じゃあいい旅行をね。もしガイドがいなければ、私の携帯番号渡すから電話してね」

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