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リモートワークで思う評価の難しさ

こんにちは、今日もノマドで公園に来てます。公園最高!

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リモートワーク期間がココまで長くなるとは思っていなかったです。新型コロナの収束は未だ見えず、ワクチンの開発など期待を膨らませて待つしかありませんが、おそらくこれから数年単位で影響が残るのは間違いないでしょう。

幸いなことに今の私は時期的にも業務内容的にもリモートが問題なく進められる環境に居ますが、問題がまったくないと言うわけではありません。

その中でもこの記事では評価の難しさに関して残したいと思います。

私はエンタメ系IT企業で20年過ごしてきましたが、昔はまだブラック気質が残っており、どれだけ会社に居たか、残業時間はどれくらいか(要はどれだけ時間的に頑張っていたか)が評価の一端を担っていた時期もありました。

ですが、この20年で社会も自分自身の感覚も大きく変わり、成果(アウトプット)こそが評価されるべき最も大事なことになりました。

仕事上イラストやデザインを扱っていますが、これらは「成果」としてはわかりやすい最たるものです。(ひと目で成果を認識することができますからね!)しかし、イラストやデザインは画一的な工業製品とは違い、制作に当たるコストが人によっても、コンテンツによっても、求められるクオリティによっても大きく変わってくるのです。

例えば「それなりのキャラクターイラスト」を描ける人は割とたくさんいて、コストも計りやすいですが、「人の心を打つ新しい世界観のキャラクター」を描ける人は一握りで人の心に訴求するものを作るコストは算出することができません。場合によって手直しを加えながら数ヶ月単位で仕上げていくことすらあります。

こういった差は作るコンテンツに応じてニーズが異なるため、制作にあたってはコストと成果物のバランスを見ながら進めていく必要があります。


おっと、少し話がそれてしまいましたが、このようにかけたコストと成果物は、つくる環境によって大きく変わるものなのです。人より多くの時間をかけてしまったとしても、それが人の心を打つことができるイラストに仕上がっていれば、コスト以上の評価も与えるべきです。

ただし、その判断をするのがとても難しいという問題が残ってしまっています。やはり人が評価をする以上、成果物だけではなく、スタッフ一人ひとりの能力や仕事への向き合い方、自己学習と成長力、伸びしろ、良い経験ができているか、その成果物に行き着くまでのプロセスなども総合的に判断して評価に繋げることが大切になってきます。

そこで、昨今のリモートワークの未来を考えると不安を感じます。

私はリモートワーク賛成派ではありますが、対面で仕事をすることによって日々のちょっとした情報を評価に繋げることができるんですね。トイレや休憩に行くときにふと目に入るモニターの情報からどんなことにチャレンジしているのか読み取れたり、同じ画面が続いていたら行き詰まっているんじゃないかと考えて声をかけたり、私語の中からスタッフの嗜好や経験、日々の努力を読み取ったり、制作のためにどれだけ調査をしているのか伝わってきたり・・。

そういった何気ない小さな情報を積み上げて評価をしたり、仕事を前に進めていたという側面も多大にあるなと今は感じています。

今はまだリモートワークに特に問題を感じていませんが、この状況が続いて、小さな情報や小さなコミュニケーション欠如の影響が近いうちに出てくるのではないかと危惧しています。

解決方法はまだ思いついていないので、散歩をして気分を変えましょう。

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