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ブロックチェーンと法

 皆さんお久しぶりです。74期弁護士予定の柳瀬将と申します。
前回は、web3.0とコモンズについての記事を書きましたが、今回はもう少し直接的にブロックチェーンについて書いていきたいと思います。
スマートコントラクトDAO等に興味ある方も必見です!

 「ブロックチェーンと法」はプリマヴェラ・デ・フィリッピ(Primavera de Filippi)とアーロン・ライト(Aaron Wright)の共著です。
プリマヴェラ・デ・フィリッピはフランス国立科学研究センターの常勤研究員であるとともに、ハーヴァード大学バークマン・クライン・センターの研究員です。
また、「The Coalition of Automated Legal Applications: COALA」のメンバーでもあります。
アーロン・ライト(twitter)はカードーゾ・ロースクールの教授で、ブロックチェーンの法的・政策的課題を研究するプロジェクトを率いている。

今回はこちらの「ブロックチェーンと法」について紹介していきたいと思います。

ブロックチェーンとテクノロジー

 ここのセクションではブロックチェーンの様々なユースケースを紹介するとともにブロックチェーンの特徴についてしています。
ブロックチェーンのユースケースや特徴は他の記事にその説明を譲るとして、ここでは法律や規制との兼ね合いで特筆すべきことに言及していきます。

 ブロックチェーンは両立しない特徴を有しています。
ある種の犯罪行為を防ぐために用いられますが、その一方でまた、監視の目をくぐって犯罪者が活動することを容易にします。
権威主義的な政治体制が市民を検閲しようとする企てを無駄にしますが、政府がより大規模に金融取引や非金融取引を追跡することも可能にします。

 当初、インターネットは地理的な国境を越え、法の実行可能性を侵食すると思われていました。
しかし、インターネットは完全には分散化されておらず、影響を与えるようなコントロールポイントがあって、飼いならすことが可能でした。
それと同時に、人々は国境の外で作動するサービスを用いて、ある種のルールを回避する方法を見つけ出すのでした。
実際、広範的な規制当局の不在のせいで、インターネットは法の真空地帯を生み出し、オンライン上のオペレーターがコードを使い、技術的な制約によりルールを形成しようとしました。
これが、レッシグのいう「Code is Law」なのです。

 ブロックチェーンは初期のインターネットの思想を再現できるものです。
ブロックチェーンにより自律的に作動し、コードによって制御され、何者にも変更されえないようにデザインされたシステムの構築が可能となります。

 現在、プラットフォームを提供する媒介者は彼らが提供するサービスをコントロールし、彼らの提供するプラットフォームを支配しているルールに意のままに介入し、一方的に変更する権力を持っています。
媒介者は特定可能ですので、政府は媒介者に圧力をかけることでプラットフォームでの「ルールの変更を強制する」ことができます。

 もっとも、ブロックチェーンにより、非中央集権的なP2Pのネットワークを用いることで、媒介者が存在することなくプラットフォームが運用されるため、政府は圧力をかけるべき媒介者を特定できず、ルールの変更を強制することができません。

 ブロックチェーンの登場により、政府の規制の仕方は従来の方法では効果的ではなくなってきているのです。

ブロックチェーンと契約

 多くの面で、スマートコントラクトは現在の契約書と変わりません。
スマートコントラクトを実行するためには、当事者は、まず、「意思の合致」に至るまで契約条項の交渉をしなければなりません。
一旦合意されれば、当事者は、その合意の全部または一部を、電子署名の施されたブロックチェーンベースのトランザクションによって発動するスマートコントラクトコードに記録します。
 伝統的な法的合意とスマートコントラクトが異なるのは、スマートコントラクトでは、自立型コードを用いることによって債務を強制することができる点にあります。
スマートコントラクトでは、履行義務は厳格かつ形式的なプログラミング言語を使ったスマートコントラクトコードに記録されます。
スマートコントラクトコードは、ブロックチェーンベースの基盤ネットワークをサポートするすべてのノードによって分散的に実行されるのであって、媒介者や信頼できる仲介者に依拠する必要はありません

 スマートコントラクトが代替してしまったとしても、これらのプログラムは支払い義務や貴重な財産の移転を自動化するものの、当事者がこれらの取り決めに同意する必要が無くなる訳ではありません
約束はまず事前に交渉され、次にコードに変換されなければなりません。
ある契約が約束を法律用語でなく、コードで記録しているという事実は、少なくともアメリカにおいては、ほとんど相違をもたらしません。
当事者の意思が契約に拘束されるものだったと「裁判所が推認できるかどうか」が鍵となります。


ブロックチェーンと情報システム

 インターネットが着実に民間部門を変革しているのに、ネットワーク化された技術は政府の仕事のやり方においてはほとんど前進しておりません。
基本的な政府の記録もしまい込まれ、有効活用される機会の損失が生じているのです。
現在、サイバーセキュリティの実務は主に不正アクセスを防止して情報の安全を保つことに焦点を当てています。

 いったん情報がブロックチェーン上に記録されれば、その情報はリソースを費やさなければ消去したり、修正したりすることができなくなります。
もし政府の記録がブロックチェーン上に記録されれば、それらをスマートコントラクトやその他のコードベースのシステムと連携させ、さらなる効率化を図ることができます。
さらにいうと、各国政府が別々に権利登記制度を維持管理する世界に代わって、各国が固有の所有権制度を構築し維持管理する必要がなくなるので、中心的な登記制度が標準化されると、この種の重要な政府のインフラストラクチャが欠けている国でも利用することが可能になります。

 政府の記録保存だけでなく、ブロックチェーンは、マイナーに経済的インセンティブを与えることでブロックチェーンを攻撃することが経済的合理性を欠くように設計するのです。
結果として、サイバーセキュリティへの攻撃から政府を守り、センシティブデータを安全なものにし、保証し、維持管理するのに役立ちます。
仮に、政府は悪意のある攻撃を受けたとしても、ブロックチェーンが対改ざん性のある監査可能な足跡として役に立ちます。


組織と自動化

 市場は、財やサービスの迅速な交換を助ける点で優れていることが多いです。
しかし、経済活動が、当事者間で広範な協力や継続的な関係の維持を必要としたり、高度に複雑性や不確実性が存在したりする場合には、それほど役に立ちません。
個人が市場で「信頼できない」相手と取引する場合には取引費用は増加し、人々の共同による活動の組織化を促します。

 ブロックチェーンは、特定の活動と行動を制御しコーディーネートするスマートコントラクトに依拠することによって、組織のより効率的な業務遂行を可能にします。
スマートコントラクトによって、人間の関与の必要性を減らして、組織の構造化と、日常業務の自動化が可能になるのです。
ブロックチェーンによって、株式をオンチェーンで管理できたり、株主総会決議のような企業活動を効率化ないし自動化したり、取締役会等の投票も可能となります。

 また、ブロックチェーンは「非中央集権型組織」を創出させます。
非中央集権型組織は、組織の資産を直接・間接にコントロールする権限を人々に授けるブロックチェーンベースのトークンやスマートコントラクトによって動くのです。
そして、非中央集権型組織におけるガバナンスは、より「階層性のないやり方」で行われ、もっと集団のコンセンサスに依存した方法でなされます。

 政府が、非中央集権組織のシャットダウンを試みようとも、法律の執行が、最終的にその活動や実装の停止に成功するかはわかりません。
スマートコントラクトが自律的に作動し、いかなる当事者のコントロールにも服さないからです。

 そのなかでも自律分散型組織DAO : decentralized autonomous organization)は、人によって運営されたり制御されたりせず、専らコードによって運営され制御される特殊な組織です。
DAOは「所有者」の存在しない複数のスマートコントラクトで作られています。
DAOの運営方法はブロックチェーン上に備えられたコードによって決定され、DAO運営のための資金調達やDAO自体の存続についてはデジタル通貨の口座を用いて行われるのです。
DAOはリソースをネットワークに投ずることができる限り、そのDAOの開発者の意図に関わらず作動し続けることができます。
DAOは競争が激化し消費者に便益をもたらす可能性を秘めているものの、同時に、コードに基づいて行動するため、既存の法令を回避したり無視したりして、現在は違法とされたり許可されていなかったりする業務方法を設計することができてしまいます。

 もっともDAOには様々な法的課題があるのです。
まず、DAOはネットワーク上のものであり、特定の国家の管轄内で作動していません。
そのため、国内法を「どの範囲」で適用させるか問題となります。

 また、ある政府があるDAOに対する管理権を有するとしても、その政府がこのような組織に規律を及ぼす「権限を有するか」が問題となります。
DAOは専らコードによって統御される組織であるため、スマートコントラクトが全体として組織の運営に責任を負うのです。
法律遵守を怠ったことについて責任を取るべき主体が存在しません。

 さらに、法的責任を課すことができると仮定しても、そのような「法を執行できるのか」が明確になっていません。

 そして、最も重要な課題は、いったん実装されれば、たとえ法や組織の基本的な目的に反していたとしても、違法なコードや瑕疵のあるコードは計画通り作動することです。
これはコードが期待したように動かないことがわかっても、「だれも停止させたりしようと介入できる者がいない」ということです。

分散型ブロックチェーンベースのシステムと規制

 ブロックチェーンは、レッシグの個人の行動を規制する4つのメカニズムで説明することができます。

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 ブロックチェーンは法を無視して設計することができますが、自らの基盤となるブロックチェーンのネットワークを支える新たな媒介者に依存しています。
これらの媒介者は規制の影響を受けやすいのです。
具体的には、システムがコードアーキテクチャ)に依存しており、その動作は究極的には市場力学によって規定され、社会規範に服しています。
それゆえ、法は、ブロックチェーンを規制するためにアーキテクチャ、市場、社会規範という規制手段に影響を及ぼすことができるのです。

 政府がとりうる規制の手段として、エンドユーザーに対する規制が考えられます。
もっとも、エンドユーザー一人一人の特定は手間も時間もかかります。
そこで、違法なdappsとかかわったエンドユーザーに対して代位責任を問うことが考えられます。
これは効果的に見えますが、人々はブロックチェーンベースのシステムが引き起こすかもしれない損害を理解しておらず、当人が予見しえない行為について損害賠償責任を負うことは公正の感覚を欠くことになります。

 エンドユーザーを直接規制するという選択しなかった場合でも、媒介者を規制し、媒介者に非中央集権的なネットワークの取り締まりを助けるよう求める法を制定することで、間接的にブロックチェーンに対して規制を及ぼすことができるのです。

 政府はブロックチェーンベースのプロトコル及びスマートコントラクトを開発する主体を規制することもできます。
政府は、初期のインターネットのようにバックドアを組み込むよう命じ、コントロールしようとすることが考えられます。
また、開発者に厳格な責任を負わせて、開発者が損害発生のリスクを減らすためにより注意深く活動するようにするインセンティブを創出することもできるのです。

 政府はブロックチェーン利用者の行動に影響を与えるため、市場への介入というアップローチも考えられます。
ネットワークの市場力学を利用して法の遵守を経済的に簡便にすることで、ブロックチェーンのシステムに法を順守するよう動機づけることができるのです。
そのために政府は市場力学を変える能力を持つ必要があります。
伝統的な金融政策に携わることができない中で、政府はブロックチェーン由来のデジタル通貨価格の増減をもくろんでデジタル通貨を売買することにより市場に介入することができます。

 イーサリアムは追加的機能を組み込むためにブロックチェーンをフォークさせ、イーサリアムのプロトコルを何回も調整し、結果として社会規範を用いてネットワークの活動の形成に直接干渉してきました。
DAO事件でのハードフォークがその具体例です。
コミュニティの多数の同意により、イーサを取り戻すよう設計しなおしました。
このように、社会規範もブロックチェーンネットワークの規制において重要な役割を果たしうるのです。

感想

 従来のレッシグによるインターネットの規制の仕方の議論を踏襲したうえで、ブロックチェーン引き直したものであったため論理的整合性があり読みやすかったです。
ただ、ハードフォークを社会規範による個人の行動の制限としているのはあまり腑に落ちませんでした。

 アーロンライトが著者ということもあり、随所にWeb3.0の意識が感じられるところが面白かったです。
例えば、通常ブロックチェーンを語る際、媒介者の排除という観点よりもP2Pの観点で語られることが多いものの、本書ではP2Pというよりも「媒介者や仲介者の排除」という観点から語られることが多かったところに出ていた気がします。

 また、組織とブロックチェーンについて丁寧に記述していたのが印象的でした。
DAOはDAIで知られるMakerDAO等近い将来身近になりそうな組織ではあるものの、現在の法体制ではとらえどころがなく、著作でも紹介されているように法規制における課題が多いです。

 具体的な方法論を論じることはなかったものの、政府が行いうる規制の対象を網羅的に挙げていて、政府がブロックチェーンに対する規制を出す際、政府の狙いを正確に理解するのに役立つと感じました。

 長くなってしましましたが最後までお付き合いいただきありがとうございました。
アドバイス等があればぜひご指摘いただけると幸いです。

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