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EUのアクセシビリティ政策

ヨーロッパのアクセシビリティ政策については、オーストリアからKlaus Hoeckner氏が来てEUの状況を話してくれた。オーストリア最大の視覚障害者組織の副会長で、CENやISOなどの標準化にも関与しているキーマンである。このKlausのセッションだが、データで示す障害者数というのがなかなか面白かった。視覚障害者の総数は2億5千3百万人で、世界の人口の3.2%にあたり、これはメキシコの人口の倍である。聴覚は4億6千6百万人で、同じく6%にあたり、これはEU全体の人口に匹敵する。知的障害者はおよそ2億人でこれは2.6%にあたり、ブラジルの人口をカバーする。車いすユーザーは7千5百万人で世界人口の1%だが、カナダの人口の倍なのだ。

世界の各障害者数が例えばメキシコやブラジルの人口に匹敵するという例示

他にも、ブロードバンドの普及状況などで、ネットにアクセスできない、または困難な人々についてのデータも示していた。情報への平等なアクセスという観点で、障害だけではない、もっと広い観点からデジタルデバイド解消を目指しているのである。
年齢に関しても言及していた。65歳を越すと5分の2の人々がなんらかの障害を持つ。そしてアメリカでは、2030年までに7千3百万人のベビーブーマーが65歳を越す。これは障害者全体の数を越すのだという。いわば障害者数が倍増するということだ。そして世界の人口の63%が今ではネットを使う。コロナによって、そのニーズはますます明白化したという。アクセシビリティのニーズは、世界中で増大していく一方なのである。

シニア層は世界最大のマイノリティなのに配慮されていない


EUは、社会権に関する20の柱(European Pillars for Social Rights)という宣言を行い、性別、年齢、障害、環境などにかかわらず、2021年から30年までに、全てのEU市民がインクルードされる社会にするための政策を宣言している。この宣言は、国連の障害者権利条約と呼応し、EUの全ての加盟国がこの権利条約を実効性のあるものにするためを明言している。そのために、障害者団体をネットワーク化するプラットフォームを立ち上げ、実現化するためのファンドも作っている。


情報アクセシビリティもその一環である。EUの中では、ICTの公共調達やWebアクセシビリティに関する指令など、多くの方針が出されてきたが、EAA(European Accessibility Act)は、それらを統合した形であるともいえる。
主なものだけでもこの上の画面に入りきれないくらいだ。2016年のWeb指令18年の電気通信、マラケシュ条約、オーディオビジュアル、公共調達、そして19年のEAAである。なお、Webに関しては、19年にWeb Accessibility Actという法律になり、公的機関のWebサイトやモバイルアプリをアクセシブルにし、WCAG2.1AAに準拠することが義務付けられた。

EAAのカバーする内容は、以下のようにICT全般である。

・コンピューターとOS
・ATM、チケットマシン、チェックインマシン
・電話、スマートフォン
・デジタルテレビサービスに関するテレビ設備
・電話サービスや関連機器
・テレビ放送や関連する消費者設備のような放送通信メディアサービス
・航空機、バス、電車、船などの輸送に関するサービス
・銀行サービス
・電子書籍
・電子商取引

EAAの対象、実施時期、方法

これらが電子的なサービスとして提供される際は、アクセシブルでユーザブルでなくてはならない。EU各国は、22年6月までにプランを作ることが求められていた。2025年までには各国における法律を定め実施する必要がある。508条もどんどん広がっているが、モバイルなどスマートフォンに対する部分や、電子書籍、輸送や銀行、ECサイトへのアクセシビリティが明記されたということは、これらのオンラインビジネスを行っている企業も、すべてUDでシステム構築をしなくてはならないということだ。UDでないICT製品やオンラインサービスは、作ることも、公共機関が購入することも、輸入も輸出も禁止なのである。日本国内でこんな法律が施行されたら、対応できる企業はどれくらいあるだろう?
もともと、EU内では、これらの技術基準も策定されていた。以下のようなものが挙げられる。これについてもこのセッション内で解説されていた。ただこれらも、アメリカのVPATなどと共通化していくという案もあるそうだ。

・EN 351 459 ICT製品におけるアクセシビリティ要件
・EN 17161:2019 Design for All Accessibility :ユーザーの幅を広げるための製品やサービスに関するDesign for Allアプローチに基づく
・EN 17210 :建築環境におけるアクセシビリティとユーザビリティ:基礎的構成要件

なお、Design for Allというのは、主に欧州で用いられてきた概念で、ユニバーサルデザインと同義である。できるだけ全ての人に、最初からアクセシブルに、という意図で使われる。それにしても、EUにおけるICTのアクセシビリティ規則も、かなりのボリュームである。これからEU各国は、これを担保する国内法を制定していくわけだ。すでにエストニアなどは国内法整備を進めているが、完全にデジタル社会の今後をUDでしか作らないという意識に貫かれている。

こういったEUやUSの状況を見ると、日本の障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション法とは、ものすごく内容が異なっていることを改めて思う。情報保障をしていくということ自体は重要なものではあるのだが、そこにICTの影は薄く、情報アクセスは、人権の一部だという視点も薄い。また情報社会そのものをUDにするという視点が全くないように見える。新規のAT開発については言及されているが、世界の状況を何も知らずに作った法律のようで、少なくともこの分野に関しては、自信をもって海外に紹介できない。調達や情報サービスのUDについては、付帯決議で「今後検討する」と述べられているに留まる。アメリカなら1980年ごろの状況だろう。
国連の権利条約審査で、日本の行政や企業のアーキテクト、エンジニア、デザイナー、プログラマーは、もっとユニバーサルデザインやアクセシビリティを勉強すべし!と厳しく指摘されたのだが、おそらく日本政府や企業の中に、この指摘の意味するところを理解している人はほとんどいないだろう。(外務省の仮訳は、「建築家、設計士、技術者、プログラマー」と訳しているし。なんだか、アクセシビリティを「利用の容易さ」と誤訳してその後の大混乱を引き起こした歴史を思い出してしまう。)

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