不幸福の遺伝


母の家系にはいわゆる「うつ病」の人が多く、私が母親にメンタルの不調を訴えたとき、まっさきに(遺伝だ)と思ったらしい。
そして母もまた、精神的な病に長年苦しんでいる。

今日、仕事を休んで最近は元気だと思い込んでいたが、また人とあっている時に急に些細なことで傷つき涙が止まらなくなり、しばらく気が休まるまで待ってもらうことがあった。

たしかに傷つくことを言われたが、28歳で泣くほどのことではなかった。

こんなんで自分はまともと言えるのだろうか?

物心ついたときから、自分の存在が曖昧であるという感覚があった。
何をすれば正解なのか常に自信がなく、人の模倣をして会話をした。
足元に踏みしめる地面が存在しない感覚。
何が良くて、何がいいのか、自分は誰で、どうしたいのか、全て社会に対して相対的に真似事で築きあげたため、今この瞬間にも、全てが幻想だったことが判明して、消えてしまってもおかしくないという不安がつきまとった。
その結果、むしろ会話が上手くなったようで、人からは気づかれることがなくなったが、いまでもその感覚は変わらない。
多少人間のモノマネが上手くなったとて、自分の中身がアメーバのような化け物であると、思えてしまう。

これは、「遺伝」なのだろうか。
私のこの感覚は、私の祖先からずっと継がれてきたものということか。
なんのために?
そして私は、きっと、また不幸な子供を作るんだろうか。

元気がないとき、そんな事を考える。
何代も渡って遺伝されてきた不幸にも、価値があるものなのだろうか。

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