ミサさんと愛犬ハッチ

これは6年ほど前に一緒に仕事をしていた、リサさんという人から聞いた話、名前をミサに変えて書いていた。


これは実話だが登場人物はもちろん仮名である。
ミサさんという女性が、
ハッチという犬を飼っている。
犬種は忘れたが、体重が20キロ以上ある、
大きな犬だそうである。
ある初冬の夜、
ミサさんとハッチは海岸を散歩していた。
台風が近づいており、人影はまばらで、
波は少し高かったそうである。
するとハッチが防波堤から海に落ちてしまった。
ミサさんはあたりを見回したが誰もおらず、
携帯電話で警察に、今いる場所と、
今から海に飛び込んで犬を助けると伝えて、
マフラーをとり、ジャンパーを脱いで海に飛び込んだ。
なんとかハッチの首輪をつかむことができたが、
それ以上はどうすることもできず、
防波堤から飛び出ていた錆びたボルトにつかまり、
ただ海に浮かんで波に揺られていた。
体力も尽きてきた頃、
上からスルスルと自分のマフラーと、
犬のリードが降りてきた。
カップルが見つけてくれて、
助けに来てくれたのだ。
釣り人なども加わって、
ミサさんもハッチも陸に引き揚げられ、
救急車も来て、遅れて警察も到着した。
錆びたボルトにつかまっていたミサさんの手のひらは、
皮膚がズルズルにむけていたそうである。
ミサさんもハッチも今も元気で暮らしている。
僕がこの話を聞いて思ったのは、
なんでハッチは海に落ちたんだろうということである。
夜の防波堤だし、台風も近づいていたし、
こういう時に動物というのは、
本能的に危険を察知するものではないのだろうか?
ハッチはミサさんに何かを教えたくて、
わざと海に飛び込んだんじゃないだろうか?
僕はなんとなくこう思ったのである。
ミサさんがハッチの話をする時、
「私が仕事で家に帰れない日が続くと、
ハッチは具合が悪くなって、
夜中に吐いたりするんです。
なんて可愛いハッチ!!」
という話をよくしていた。
自分の愛犬が夜中に吐くのは、
それほど自分を好きだからだ、
という話なのだが、
僕はこの話を聞く度に、
そんなことを可愛いと思う感性は、
ちょっとおかしいんじゃないかと感じていた。
例えば僕の子供が、
僕に会いたいあまりに、
夜中に起きて吐いているという話を聞いたら、
「なんて可愛い子供なんだ!!」とは思わない。
ただ子供がかわいそうで心配なだけである。
ミサさん、その考え方はおかしいですよ、
と、ハッチが教えようとしているんじゃないかと思ったのだが・・・

実はミサさんのモデルとなったリサさんという人は、お父さんがアメリカ人とのハーフで、リサさん自身もモデルさんをやっていたくらいのなかなかの見た目の人だったのだが、ちょっと性格に難があった。僕が担当していた番組のレポーターをやっていたのだが、何が気に入らなかったのか、番組の進行に非常に非協力的で、カメラマンと組んで僕の作業の邪魔ばかりしていた。僕は現場スタッフからそのような態度をとられたことは初めてだったので、最初は意図を計りかねて戸惑っていた。カメラマンはさすがに時々態度が軟化したりしていたが、その度におそらくリサさんが陰で指示を出していたようで、定期的にカメラマンの態度が豹変して僕に暴言を吐いたりしていたのだ。僕は自分の現場でトラブルを起こしたくなかったから、そのような状態で一年ほど耐え、何回も依頼元の制作会社に頼んで、やっとやっとその仕事を辞めさせてもらった。それが僕のディレクター職の引退になった。そして僕は借金して保育園を開設したのだ。保育園は経営難のため一年で閉園。それから5年くらい経つ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?