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僕は「かわいそう」なのだそうだ

最近は義妹の問題で心が揺れている。

どんな問題なのか、かいつまんで説明させていただくと、
僕は約7年前に奥さんの実家がある熊本に越して来たのだが、
その時以来、隣りに住んでいる義妹から
嫌がらせを受け続けている。

新しくできた家族なのだし、
できればうまくやっていきたいと思って、
四国在住の能力者のちかみつさんに、
どうしたらいいか相談してみたところ、
「義妹さんには魔物が憑いていますね、
その魔物を祓うのは紀川さんの試練ですよ」
と言われ、途方に暮れていたら、
ちかみつさんが密教の神様の聖天様とつなげてくださって、
聖天様のお力をお借りして約1年かけてその魔物を祓った。

ところが魔物を祓ったあとも、
義妹の態度はあまり変わらず、
相変わらず嫌がらせは続いているのだ。
聖天様に「変わらないじゃないですか」と泣き言を言うと、
「そんなにすぐには変わらんよ」というお答えであった。

それでついに我慢の限界が来て、
数か月前に義妹を大声で怒鳴りつけたら、
それ以来僕には口をきいてくれなくなり、
家族の食事会などにも呼ばれなくなった。

つい先程も奥さんとその件について話していて、
「僕は義妹が憎いのではなくて、
『かわいそう』だと思っているんだよ」と言うと、
「それはあなたが自分で自分のことを
『かわいそう』だと思っているからよ」と言われた。

奥さんも以前にある人のことを『かわいそう』だと言って、
僕たちの最初の霊能師匠の山村さんから
「それは傲慢な考えね」と諭されたことがあったのだそうだ。

『かわいそう』というのは自分より目下の人に対して使う言葉で、
『かわいそう』ではなく『かわいい』にとどめておく方がいいと、
その時は助言されたのだそうだ。

つまり誰かのことを『かわいそう』と思うのは、
自分で自分のことを『かわいそう』と、
思っているからなのだそうである。

そういえば僕は約1年前に亡くなった母のことも
『かわいそう』な人だと思っていた。
母は17歳の時にキリスト教会の洗礼を受け、
90歳で亡くなるまで、
ずっとキリスト教徒でいつづけたのだが、
そんな母のことを『かわいそう』だと思っていたし、
そんな母の元に生まれた僕や妹(実妹)のことも、
『かわいそう』だと思っていた。

そして僕は知人のHさんのことも『かわいそう』だと思っていた。
このHさんは、過去世で仙人だったことがあると、
山村さんから言われた人だったのだが、
その仙人時代に身に付けた独特な考え方から今でも抜け出せずに、
苦労をされている方で、やっと50歳を過ぎて初めて結婚し、
お子さんも生まれたというのに、現在では離婚されてしまっている方だ。

実は問題となっている義妹も過去世で仙人だったことがあると
山村さんから言われたことがあるのである。
この義妹も40歳を過ぎているのに結婚しておらず、
仮に結婚しても子供を産む気はないと言っている。
最近は数年後に60歳を過ぎている現在の彼氏と、
結婚するかもしれないと言っている。

そしてかくいう僕も仙人を目指してチベットで
修行していた過去世があり、
「仙人なんかにならなくて良かったね」と
山村さんから言われたことがあるのだ。

そして最近わかったことだが、
義妹はかつて僕と同じ修道院で修行していたことがあり、
その修道院の戒律の厳しさに耐えきれずに脱走して、
その後山にこもって仙人になったのだそうだ。
もう山村さんはお亡くなりになっているので、
このことは最近霊能力を得たうちの奥さんから知らされた。

つまり義妹が僕に嫌がらせをしているのは、
修道院時代に先輩修行僧だった僕から、
厳しく指導されたことに対する腹いせのようなのだ。

僕が『かわいそう』な人ではなくなることが課題らしい。


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