昨日起きたこと

うちの奥さんが焼酎で酔っぱらって
議論をふっかけてきた。
テーマは僕の来し方行く末について。
以下はその一問一答。

話の前提として、
僕は前世で修行をしていたお坊さんで、
未だにその時の意識から抜け出せていない
という共通認識がある。
奥さんも僕も何かが憑依したように
スラスラと言葉が出て来た。

Q:今望んでいることは?

せっかく修行してきたことを無駄にしたくない。
修行に費やした時間と労力を
お金として取り戻して心を満足させたい

Q:どんな修行をしてきたか?

断食、座禅、禁欲生活、写経、千日業(回行、山ごもりなど)

Q:その結果どうだったか?

おそらく修行は完結していない。
悟りに到達していない。失敗した。

Q:修行の目的とは?

すべての執着から解き放たれ、神になること。

Q:あなたは今何ですか?

自分は人間である。

Q:人間とは何ですか?そして神とは何ですか?

人間とは、息をして、そこに在るもの
神とは永遠不変でどこにでも存在しているもの

Q:人間と神の違いとは?

肉体があるか霊的存在であるかがまず違う

Q:じゃあ人間は誰でも死んだら神様になれるの?

死んで肉体が亡くなったからといって
神になれるわけではない。
生きているうちに悟りに達した魂のみが神になれる。

Q:かつてその悟りに達した人はいるの?

過去にそれを達成できたものはまだいない。

Q:つまり、人間は神にはなれない!!

神は目指したところでなれるものではない。

ここで一応の結論に達した。
奥さんはその間も飲み続け、
ますます酔っていき、
僕が修行僧だった頃、
シヴァが観音様に化けて僕を誘惑し、
その結果僕の長年の修行が
水の泡になったことについて、
何か観音様に言いたいことがあったら
書いてみろと言われた。

俺を誘惑しやがって!
修行を台無しにしやがって!
シヴァの命令か! お前の意志はないんか!
済まないと思わないんか!

と僕が書くと
奥さんの頭の中にシヴァの声が聞こえてきたそうだ。
「お前が受け入れた事だろ」
とシヴァは言ったそうである。
ここでまた話は一段落した。

次に奥さんが「今の気持ちを書け」と言った。

生まれ変わった僕はしあわせになります。

Q:しあわせとは何か?

しあわせとは自分のやりたい事をやって、
それが他人から感謝される事です。

Q:どうなったらしあわせか?

理想のマンガミュージアムを作れたらしあわせ

Q:理想のマンガミュージアムとは?

自分がセレクトしたマンガを揃えたミュージアム

Q:それが望み?

とりあえず今思いつくのはそれ

Q:それじゃそのあとの望みは?

自分が本当に気に入ったストーリーの、
マンガ・アニメ・映画・小説などの
メディアミックスを総合プロデュースすること

Q:それはどんなストーリーのもの?

これといった事件が起こらず、
登場人物も特に葛藤などしない、
それでいてその物語に触れた人の
心がとても落ち着いて、
癒されて、安定する。そんな物語。

Q:成瀬己喜男の映画みたいやん?

そうだね、成瀬の「驟雨」が一番近いかな?

Q:その映画のDVD持ってる?

あるよ

Q:今度一緒に見ようね。

という感じで一応話は終わった。

すると奥さんは後ろを向き、
少し上の中空に向かって話し始めた。
僕のひいおばあちゃんが来たということだった。

奥さんが時々目に見えない存在と
話をすることがあるということは聞いていたが、
僕の目の前で実際に目に見えない誰かと
話しているのを見るのは初めてだった。

奥さんは最初
「うわっ、ひいおばあちゃんが来た」とか、
「なんか私イタコみたいよね」とか、
時々照れ隠しのようなフォローを入れていたが、
だんだん聞いたことのない方言で話すようになった。

ひいおばあちゃんというのは富山の人で、
そこらへんの言葉だったのだろう。

もちろん僕はひいおばあちゃんの事は知らず、
母に聞いても母も知らなかった。
それで何で会ったこともない
僕のことを気にかけているんですかと聞くと、
「それは子孫だからじゃよ」という答えだった。
「お前のことが可愛くてたまらんのじゃ」とも言った。
そしてひいおばあちゃんは、
うちの奥さんのこともとても気に入っているそうだ。

この件に関連してうちの母親から聞いた話に
奥さんがひいおばあちゃんから
直接聞いた話を加えて補足した、
我が家の先祖さんの話。

まず、母方のひいおじいちゃんと
ひいおばあちゃんは、
富山の貧しい漁村の人だったそうな。

ひいおばあちゃんが40歳を過ぎてから、
その夫婦にはやっと子供が生まれた。
これが僕のおじいちゃんの松太郎さん。

高齢出産だったので、恥ずかしく、
松太郎さんは最初家の中で、
カゴに入れて隠して育てられていたそうです。

この松太郎さん、僕の母親が
結婚する前に亡くなっているので、
僕は写真でしか知りません。

松太郎さんのお父さん、
つまり僕のひいおじいちゃんは
早くに亡くなっているらしく、
松太郎さんは10代の頃に
東京の裁縫学校に行かされて、
15歳くらいの時に金沢の和裁を生業とする家に
養子に出されたそうです。

これが越村家といって、
僕の母の実家です。
つまり松太郎さんのお父さんとお母さん、
僕の金沢のひいおじいちゃんと
ひいおばあちゃんは、養父と養母であり、
血のつながりはないそうです。

越村家はお弟子さんを何人もかかえるような
割と大きめの仕立て屋だったそうです。
確かに金沢の実家は部屋数の多い家だった。

その松太郎さんのところに
16歳くらいでお嫁に来たのが、
みさをさんと言って、
これが僕のおばあちゃんです。

その後みさをさんは4男3女を産んで育てるのですが、
それ以外に男の子を1人、
女の子を1人産んでいるそうです。
男の子は小学生の時、
女の子は幼い時に亡くなっているそうです。

上の5人は男の子だったのですが、
それは嫁ぎ先の養母が
とてもきつい性格だったらしく、
当時は産めよ増やせよの富国強兵の世の中。
みさをさんは男の子以外は産んではならぬと、
養母からきつく言われていたらしく、
最初のうちは男の子しか生まれませんでした。

養母は自分に子供ができなかったひがみもあって、
みさをさんにはきつくあたっていたようです。

その養母(名前はわからない)が亡くなったあと、
緊張が解けたのか、立て続けに女の子が生まれ、
その中の1人が僕の母です。

うちの母親が昭和7年の生まれですから、
松太郎さんとみさをさんは明治の生まれ、
そのお母さんであるひいおばあちゃんは
江戸時代末期の生まれの人だと思います。

ちなみに母の4人の兄と姉、妹は
もうみんな亡くなっています。

この話には富山のひいおばあちゃんは
あまり出てきませんが、
松太郎さんを10代で養子に出したあとは、
ほとんど会うこともなくすぐに亡くなったようです。

昨夜うちの奥さんが
名前は「キミ」だったと教えてくれました。

僕は松太郎さんにも
キミさんにもお会いしたことはありません。
キミさんの旦那さんも、
金沢の養父さんも養母さんも、
なんという名前なのかは知りません。

僕は昨夜キミさんから
「いつまでも神さまがどうとか言ってないで、
しっかりせいよ!!」と、
奥さん経由で言われました。

色々と不思議な体験でした。

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