福岡美容師バラバラ殺人事件

「例のマンション」

 2013年2月9日の午後、福岡市博多区下呉服町のラーメン屋に行った帰り、ふと気が付いたらあるマンションの前を歩いていた。そのマンションとは、あの、福岡美容師バラバラ殺人事件の、美容師さんがバラバラにされたといわれている現場のマンションなのである。

 あのショッキングな事件、記憶に残っている人も多いと思う。当時は連日ワイドショーで、そのマンションの外観が放送されていたのでかなり有名だったようなのだが、当時東京に住んでいたということもあって、僕はそのマンションのことを知らなかった。

 しかし、その後、まったく別のルートから、そのマンションに関する怪談を聞いたのである。それは福岡市出身の石井聰亙監督が撮った「水の中の八月」という映画の撮影の時のことであった。この映画は福岡市の全面協力のもと、福岡市内各地でロケが行われたのだが、あるシーンを撮影している時、主演女優が不気味な声を聞いた。その声は「返して、私の首を返してよ」と聞こえてきたのだそうである。

 それは、古い家並みが残る、博多の街でのロケ中だった。そう、あのマンションのすぐ近くだったのである。僕はその映画の撮影スタッフからその話を聞いた。確か、美容師さんの頭部は見つかっていないはずである。

 福岡美容師バラバラ殺人事件は1994年の3月に発覚した。「水の中の八月」は1995年の9月に公開された映画なので、撮影されたのは、ちょうど事件が世の中で話題になっている頃だった。

 だから女優が不気味な声を聞いた時、そこが事件の現場の近くだということはすぐにわかったそうである。ちなみにこの主演女優とは、後に大麻事件で逮捕された小嶺麗奈である。とはいえ、その話を聞いた時点でも、僕はそのマンションの場所を知らなかった。

 それから15年以上経った、2011年の4月頃の話である。僕は知り合いから頼まれて、ある宅配焼き鳥屋さんで、開店直後の一か月間だけ宅配を手伝うことになった。仕事は夕方の5時から深夜12時までで、開店直後で珍しかったこともあって、注文はかなり多かった。

 その日は博多区のあるマンションから注文があったのだが、店長が焼き鳥を焼きながら「紀川さん、今から行ってもらうマンションって、あのマンションなんですよ」「えっ?」「あの、美容師バラバラ殺人事件があったマンションです」時間は夜の10時頃である。あのあたり、夜は異常に人通りが少ない。そしてマンション内は、節電のためなのか、やたら暗いのである。一階のロビーも暗い、エレベーター前の踊り場も暗い。しかも目的の階の廊下の灯りは、点灯管が切れかけていてチカチカと点滅しているのである。脚色して書いているのではない。本当にホラー映画のように、チカチカと点滅していたのだ。そしてなぜか、廊下には水たまりがあった。雨が降っていたわけでもないのに・・・・

 なんで今頃になって、このマンションに行くことになったのだろうかと思った。この事件では、発覚当初から、ある医者の関与が噂されていた。地元の大きな病院の跡取りで、地元出身の代議士の娘との結婚も決まっていた人物。美容師の遺体は、非常に理にかなった解体のされ方をしていて、しかも、数時間のうちに、手際よく解体が行われたことになっている。医学的知識があった人が犯行に関わった可能性が高いと言われていた。

 しかも僕は、あるルートから、その医者が、事件の直後に外国に飛んでしばらく滞在し、帰国後に自殺した、という話を聞いたことがある。詳しく書くと情報ソースがばれるので書けない。そして当時福岡では、その医師の父親の依頼で、代議士が億単位のお金を使って事件をもみ消した、という噂が流れていたのだそうだ。結局それは根も葉もない噂ということになり、美容師さんの上司が全て一人でやったということになったのだが・・・

 なぜ僕にその事件の噂や現場などが、小出しにまとわりついてくるのか、ただのホラー小説好きのこじつけに過ぎないのだろうか。この日も特にそのマンションを目指して歩いていたわけではない。なんとなくブラブラ歩いていて、ふと気が付いたら、そのマンションの前にいたのだ。

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