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18-キンカンとクンカン

 僕の子供のハルがしゃべれるようになったばかりの頃、キンカンとクンカンというお友達のことをよく話してくれた。キンカンとクンカンは宇宙人、キンカンとクンカンは透明人間、キンカンは男でクンカンは女、キンカンは〇〇歳でクンカンは△△歳、何歳と言っていたかは忘れたが、何回聞いても同じ答えだった。

 僕が「キンカンとクンカンはどういう時に来るの?」と聞くと、「呼べばいつでも来るよ、ほら来た」と、僕の背後の天井のあたりの、何もない空間を指さすので、背筋が寒くなった覚えがある。

 ハルはまだ2歳くらいだったから、ストーリーを創作するとか、嘘をつくという概念は知らないはずなので、きっと本当に起きていることなんだろうと思っていた。

 それで僕はよくハルに、キンカンとクンカンのことを質問していたのだが、ハルは同じように僕の父(ハルの祖父)や母(ハルの祖母)、僕の妹(ハルの叔母)などにもキンカンとクンカンの話をしていた。

 ある日僕の母が「キンカンとクンカンっていうのは、ハルの妄想だよね」
としたり顔で断言した。別にそういう解釈はあっていいし、むしろ普通の、常識的な判断だとは思うが、僕は妄想だとは思っていなかったので、「そういう断言は子供の可能性の芽を摘むんじゃないか?」と思っていたのだが、僕の父や母が、どのくらい「立派」で「常識的」な人間かは、身に染みて知っていたので、あえて反論はしなかった。

 もしかしたら僕がいないどこかで、父か母がハルに、「あまりそういう話はしないほうがいい」と言ったのかもしれない。ハルはだんだんキンカンとクンカンの話をしなくなった。

 その後僕はハルの母親と離婚したので、あまりハルには会えなくなったのだが、小学生になったハルに、「最近キンカンとクンカンはどうしてる?」と聞いたら、ハルはコメントしたくないような反応だった。小学校にあがって、さらに「常識」に洗脳されたのかもしれなかった。

 そんなハルも15歳、中学3年になり、一応受験生なので、僕の同級生から英語を教えてもらうことになった。当時僕はこりす保育園という保育園を経営していたのだが、週に一回くらい、こりす保育園の2階で習っていた。

 ある日の夕方、ハルが僕の同級生に英語を習うためにこりす保育園に来た。その時間、こりす保育園は園児が6人くらいおり、てんやわんやの状態で、床にはありとあらゆるおもちゃが散乱していた。

 それでハルにも、英語の先生が来るまで、おもちゃの片付けや園児の世話を手伝わせていたのだが、その後英語の先生が来て、ハルは2階にあがり、園児も順次お迎えが来て、みんな帰って静かになり、英語教室も終わって、先生も帰り、ハルと2人で保育室で少し話をした。

 するとハルが「今日、園児の一人の赤ちゃんが、天井の近くの何もない場所を指さして、ずっと何か言っているので、抱き上げて、その近くまで連れていったんだけど・・・」と言った。僕が「それってキンカンとクンカン・・・」と言うと、ハルも「やっぱりそういうことってあるのかなあ」と言った。

 僕はその時、その園児が見ていたものは、キンカンとクンカンと同じ種類の「何か」で、小さな子供にしか見えない、そういう存在がいるのだろうかと思ったのだが、家に帰って一晩寝て、新たな解釈を思いついた。

 その園児が見たのはキンカンとクンカンそのもので、キンカンとクンカンはあの頃からずっと、今でもハルのそばにいてくれていて、久しぶりにその存在をアピールしてきたのではないだろうか、という解釈である。このほうがストーリーとして面白い。

 ちなみに僕の今の奥さんにも、小さな頃から目に見えないお友達がいたそうで、その子は「エミちゃん」という名前らしい。今でも時々エミちゃんに話しかけることがあるそうだ。


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